明日、6月30日は、定例のマイクロバブル研究会(第12回)が開催されます。

 月1回で12回目を迎えるということは、丁度1年を経過したということになります。

 もともとは、5回にわたってのマイクロバブル技術特別セミナーを、地元のみなさんを対象にして開催したことが契機となりました。

 せっかくだから、もっと勉強したい、地域や自分が抱えている問題をどう考え、解決していくかを話し合いたい、本セミナーを終えた際に、このような要望があり、それに応えて、新たな研究会を発足させることにしました。

 その折に、この研究会を「どう発展させるか?」を深く考えることになりました。

 「単に、マイクロバブル技術のことを学ぶだけでは、研究会は発展しない、長続きもしない」

 これまで、いくつとなく研究会を組織し、そして参加してきた私にとって、その研究会を発展させるには、重要な必要条件があると思っていました。

 その第1は、私が30代において務めた西日本乱流研究会の時の教訓でした。これは、大学と高専を中心にして、年4回の研究会と1回のシンポジウムを開催して乱流や流れに関することを研究する会でした。

 私は、創立から10年にわたって事務局長として参加し、メンバーも当初の数名から60名を超えるまでに増やしていきました。

 この会の事務、企画、そして財政のほとんどを歴代会長とともに担って運営していきましたが、問題は、会の規模が大きくなるほどに、それら熟す作業が膨大になり、それに連れて、私以外の事務局スタッフに小さくない不満が生まれてきたことでした。

 また、なかには、事務局を担いながら研究会に参加することに消極的な先生もいて、この改善もなかなか難しい問題でした。

 このような状況の中で、私は、私が一番得をしているのだから、少々の作業量の増加など問題ではないと思っていましたが、そうではないと思われた方々もおられたということだったようです。

 この研究会の特徴は、物理、化学、機械、土木など専門の異なる研究者が流れの問題を研究し合うという特徴があり、この専門領域を超えた発展が、やがて続々と、この研究会から博士が生まれてきて、それが中央の著名な学者に評判になることまで起きました。

 研究会に参加している研究者が真に得になる活動の場を形成することができたことが、この会の持続的発展の核になったのでした。

 互いがそれぞれの問題を出し合い、みんなで知恵を出し合う、これが会の発展を可能にする必要条件だったのです。

 そして、この活動スタイルは、かつての松下村塾における吉田松陰の教えにも通じる問題がありました。

 その第2は、常に最先端の情報収集に努め、それを議論し、実際に試すことを行うことでした。

  この問題でも、吉田松陰らは、最新情報を1冊のノートにして、みんなでそれを読み合い、共有化していました。

 困難な問題を解決していくには、常に新しい技術やそれに関する情報が不可欠であり、それらを研究会において学び合う、紹介し合うことが大切です。

 これは、江戸から離れた萩のような地方において、同じく中央から隔絶された国東のような地位においてこそ、非常に重要なことなのです。

 その第3は、学び合うことから転じて実践を行うことです。まずは、自分の問題を解決し、そして、みなさんに役立つことについても積極的に検討していくことが重要です。

 そして、この実践を通じて、より深く学び合うことが重要です。

 1年を経過したマイクロバブル研究会においては、今後、この3つの課題が真に問われることになるでしょう(つづく)。

 
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万華鏡(紫陽花)が色づき始めました