本日は、朝3時に起床、眠気眼でレポートの準備をし、5時からマイクロバブル入浴、そして6時20分に自宅を出発しました。
JR杵築駅から7時2分発のフェニックスに乗り、小倉駅へ、そこで新幹線に乗り換えて、9時45分に岡山駅に到着しました。
駅には、いつものようにM夫妻が迎えにきてくださっており、ここで、松山から来られるK1さん
を約1時間ほど待つことになり、ここでMさんと久しぶりにおもしろい話を語り合うことになりました。
Mさんは、世のなかの動きを敏感に把握する能力に長けていて、珍しい、そして興味深いトピックスをたくさん拝聴することになりました。
なかでも、最近は、働きたいと思う若い方々が減っているそうで、求人数そのものが減少することで、反対に求人倍率が上がるという現象が起きているとのことでした。
こんなことでは、そのうち日本社会は成り立たなくなってしまいますね。
岡山駅でK1さんと合流し、めざすは瀬戸内市の寒風、ここには、85mの巨大窯で、まことにすばらしい新備前焼の誕生を実現させたM先生宅があります。
すでに、本ブログでは実名で登場していただいたこともありますし、NHK等で何回も放送された先生です。
先生とは、2月の岡山駅前のビルでの大窯展示会以来ですが、お元気な様子で、先生自らによるありがたい歓迎を受けました。
なにせ、あれだけの大事業を、それこそ500年ぶりに成し遂げたのですから、話は、この成就がなされたことの意義と意味についての意見交換から始まりました。
互いに、言いたいことが、そして説明したいことが山ほどあり、その議論は、当然のことながら延々と続くことになりました。
これを話がかみ合う、あるいは弾むというのでしょうね。
この内容については、後ほどより詳しい記事にさせていただきますので、ここでは、省略します。
この備前談義を終えて、岡山駅に着いたのが18時過ぎ、すぐに18時12分発の「さくら」があり、それに乗りこみました。
列車はかなり込んでいて、ようやく窓際の空席を見つけ、「ここは空いていますか?」と、その隣に座っている方に尋ねました。
というのも、自分のリュックサックを、その窓際に席においていたので、こちらは丁寧に尋ねたのですが、それがどうも気に入らなかったようで、明らかに不快と思われる仕草で、そのサックを自分の膝の上に戻していました。
明らかに、ここには座ってもらいたくなかったのでしょう。
このような年配の方がいることに少々驚いてしまいました。
しばらくして、その客は降りていきましたので、私も気分を戻して、このブログの記事を書きか始めました。
するとどうでしょう。かつては、この山陽新幹線区間にはたくさんのトンネルがあり、そこを列車が通過するたびにインターネット通信ができずに、ほとほと困りはてていました。
ところが、その心配がまったくなくなっていて、トンネルを通過しても、その通信が立派にできるではありませんか。
そのことを知り、かなり嬉しくなりました。
そろそろ、新下関駅到着、その後は小倉駅がすぐですので、後ほど、続きを書かせていただきます。
・・・・・・・
小倉駅20時12発の特急フェニックスに乗りこみました。
本日は、日曜日のせいでしょうか。
自由席はほぼ満席であり、運よく空席を見つけて座ることができました。
足が悪い私にとって、座れるかどうかは、相当大きな問題ですので、丁度、足がやや痺れてきていましたので助かりました。
さて、ここで折角ですから、今日一日を私なりに振り返ってみましょう。
じつは、22日、23日と第10回記念のマイクロバブル技術国東セミナーを開催していますので、今回の私の役目は、2つの記念講演を行うことでした。
10周年にふさわしい講演をどう行うか、これを考えているうちに、しかも前日の21には中津に出かけましたので、かなりの集中的な取り組みになりました。
こんな時は、ほぼ3時まで仕事をするか、逆に、3時前に起きて仕事に取り掛かるかのいずれかになりますので、今回は、21日および22日において後者のパターンで行うことになりました。
そんなわけで、本日も、そのパターンに陥り、目が覚めたのが1時45分、しかし、明らかに寝不足で2時まで寝ようと思ったのが間違いでした。
その後、慌てて起きたのが3時30分、それから、本日持参するレポートづくりを行いました。
当然のことながら、そのレポートは完成せず、特急と新幹線のなかでも続けることになりました。
ところが、広島を過ぎたころからでしょうか、画面画像タイトルの小さい文字が読めないようになり、結局、作業を中断して、「これ以上目に悪いことは取りやめ、なんとか切り抜ける方を選択する」ことにしました。
歳を重ねると無理はいけませんね。
それにしても、小倉駅から特急で1時間余、ここからが長く、九州は、それだけ遠いということを、いつも実感させられます。
しかし、本日は、心を通じ合う友人とM先生との新備前談義が心おきなくできましたので、いつもよりは幾分疲労度が少ないようです。
また、出かける前に、強力な新型装置によるマイクロバブル入浴を済ませてからの出発でしたので、その作用効果も少なからずあったのではないかと思います。
JR杵築駅から7時2分発のフェニックスに乗り、小倉駅へ、そこで新幹線に乗り換えて、9時45分に岡山駅に到着しました。
駅には、いつものようにM夫妻が迎えにきてくださっており、ここで、松山から来られるK1さん
を約1時間ほど待つことになり、ここでMさんと久しぶりにおもしろい話を語り合うことになりました。
Mさんは、世のなかの動きを敏感に把握する能力に長けていて、珍しい、そして興味深いトピックスをたくさん拝聴することになりました。
なかでも、最近は、働きたいと思う若い方々が減っているそうで、求人数そのものが減少することで、反対に求人倍率が上がるという現象が起きているとのことでした。
こんなことでは、そのうち日本社会は成り立たなくなってしまいますね。
岡山駅でK1さんと合流し、めざすは瀬戸内市の寒風、ここには、85mの巨大窯で、まことにすばらしい新備前焼の誕生を実現させたM先生宅があります。
すでに、本ブログでは実名で登場していただいたこともありますし、NHK等で何回も放送された先生です。
先生とは、2月の岡山駅前のビルでの大窯展示会以来ですが、お元気な様子で、先生自らによるありがたい歓迎を受けました。
なにせ、あれだけの大事業を、それこそ500年ぶりに成し遂げたのですから、話は、この成就がなされたことの意義と意味についての意見交換から始まりました。
互いに、言いたいことが、そして説明したいことが山ほどあり、その議論は、当然のことながら延々と続くことになりました。
これを話がかみ合う、あるいは弾むというのでしょうね。
この内容については、後ほどより詳しい記事にさせていただきますので、ここでは、省略します。
この備前談義を終えて、岡山駅に着いたのが18時過ぎ、すぐに18時12分発の「さくら」があり、それに乗りこみました。
列車はかなり込んでいて、ようやく窓際の空席を見つけ、「ここは空いていますか?」と、その隣に座っている方に尋ねました。
というのも、自分のリュックサックを、その窓際に席においていたので、こちらは丁寧に尋ねたのですが、それがどうも気に入らなかったようで、明らかに不快と思われる仕草で、そのサックを自分の膝の上に戻していました。
明らかに、ここには座ってもらいたくなかったのでしょう。
このような年配の方がいることに少々驚いてしまいました。
しばらくして、その客は降りていきましたので、私も気分を戻して、このブログの記事を書きか始めました。
するとどうでしょう。かつては、この山陽新幹線区間にはたくさんのトンネルがあり、そこを列車が通過するたびにインターネット通信ができずに、ほとほと困りはてていました。
ところが、その心配がまったくなくなっていて、トンネルを通過しても、その通信が立派にできるではありませんか。
そのことを知り、かなり嬉しくなりました。
そろそろ、新下関駅到着、その後は小倉駅がすぐですので、後ほど、続きを書かせていただきます。
・・・・・・・
小倉駅20時12発の特急フェニックスに乗りこみました。
本日は、日曜日のせいでしょうか。
自由席はほぼ満席であり、運よく空席を見つけて座ることができました。
足が悪い私にとって、座れるかどうかは、相当大きな問題ですので、丁度、足がやや痺れてきていましたので助かりました。
さて、ここで折角ですから、今日一日を私なりに振り返ってみましょう。
じつは、22日、23日と第10回記念のマイクロバブル技術国東セミナーを開催していますので、今回の私の役目は、2つの記念講演を行うことでした。
10周年にふさわしい講演をどう行うか、これを考えているうちに、しかも前日の21には中津に出かけましたので、かなりの集中的な取り組みになりました。
こんな時は、ほぼ3時まで仕事をするか、逆に、3時前に起きて仕事に取り掛かるかのいずれかになりますので、今回は、21日および22日において後者のパターンで行うことになりました。
そんなわけで、本日も、そのパターンに陥り、目が覚めたのが1時45分、しかし、明らかに寝不足で2時まで寝ようと思ったのが間違いでした。
その後、慌てて起きたのが3時30分、それから、本日持参するレポートづくりを行いました。
当然のことながら、そのレポートは完成せず、特急と新幹線のなかでも続けることになりました。
ところが、広島を過ぎたころからでしょうか、画面画像タイトルの小さい文字が読めないようになり、結局、作業を中断して、「これ以上目に悪いことは取りやめ、なんとか切り抜ける方を選択する」ことにしました。
歳を重ねると無理はいけませんね。
それにしても、小倉駅から特急で1時間余、ここからが長く、九州は、それだけ遠いということを、いつも実感させられます。
しかし、本日は、心を通じ合う友人とM先生との新備前談義が心おきなくできましたので、いつもよりは幾分疲労度が少ないようです。
また、出かける前に、強力な新型装置によるマイクロバブル入浴を済ませてからの出発でしたので、その作用効果も少なからずあったのではないかと思います。
緑の流れ(豊後高田市田染三宮神社の前の山麓風景)
コメント