私の唐揚げ行脚は、唐揚げの発祥地の宇佐市から、さらに、お隣の中津市に広がりました。

 ここでは、前からK整形外科病院との共同研究が持続的に行われていますので、月に2回程度訪ずれています。

 おかげでK先生をはじめ、多くの方々が協力的で、その共同研究が徐々に成果を生み出しています。

 その共同の実験をしている合間に、ひょんなことから「唐揚げ談義」に花を咲かせることになりました。

 それは、セラピストのSさんが健常者としての被験者になって来られた時のことでした。

 この方は被験者として最適でしたので、何度も実験に来ていただいたこともあって、徐々に親しくなっていきました。

 かれが、なぜ最適者かというと、色白で、しかも腕の血管が浮き上がってくるのがよく見えたからでした。

 相当に美しい腕の持ち主だったからでした。

 この腕を用いて実験させていただいた様子は、先日のマイクロ・ナノバブル学会における基調講演においても紹介しました。

 真に見事な結果ですので、そのうち、この腕が有名になるのではないかと思います。

 そのすばらしい腕の持ち主のSさんが、昔、唐揚げ店でアルバイトしていたということを聞き、そこから俄然、中津の唐揚げの話で盛り上がりました。

 かれは根っからの唐揚げ好きでして、それが高じて唐揚げ屋でバイトを行うようになり、さらに、その経験を踏まえて、中津中の唐揚げを食べ歩いたそうです。

 「唐揚げのことだったら、私に任せてください!」

 いわば、かれは中津の唐揚げの「生き字引」のようでしたので、この時は、得意満面の表情を浮かべて生き生きとしていました。 

 そして、かれから、中津の唐揚げの「お薦め店」3軒を教えていただきました。

 --- 自分で探し歩くよりも、この方がはるかに手っ取り早い。

 ふしぎなもので、病院での実験が終わる度に、その3軒を一軒づつ訪ねてみようということになりました。

 「気がそそる」とは、このことか。

 実験も楽しいが、唐揚げ屋を1軒ずつ訪問する方がもっと楽しい、という気分になるのですから、ふしぎなものですね。

 最初の唐揚げ屋は、かなり手広く店を設けられていて、福岡市にも出店があるようでした。

 さすが、有名店、店には、ひっきりなしにお客さんがやって来ていました。

 「ここは商売繁盛しているね」

 なるほど、Sさんが推薦された理由がよく解りました。パンフレットを読ませていただくと、その唐揚げづくりにおいて、いくつものいくつもの工夫がなされていました。

 次の店は、お肉屋さんによって経営されていました。

 「いずれも、たしかに美味しいのだけど、母が作ってくれた味とは少し違いますね。やはり、母の味を探し出すのは難しいのだろうか?」


 「今時、無理ですよ。そのような店はないのではないですか?」

 車中では、こんな楽しい会話をしながら帰ることが続いていました。

 そんなある日のことでした。

 「そういえば、もう一軒あったよね。Sさんが唐揚げが美味しいと教えてくれた店が・・・」 


 「ありましたね。すぐ近くですよ。寄りますか?」

 「善は急げだ、寄ろう、寄ろう!」

 最後に残ったのが、「ふじや」という唐揚げ店でした(つづく)。
hirosige-kameyama
広重五十三次 亀山