昨年の10月15日、病気のために、しばらく中断していた本ブログを再開させていただきました。

 それから1年が過ぎました。

 先ほど、その1年にわたる記事を振り返ってみましたが、その度に、その頃の思い出が鮮やかに蘇ってきました。

 こうしてみると、この1年間にわたって記事を書き連ねてきたことも、それほど意味のないことではではなかったと思っています。

 それに、毎日、たくさんの方々が、この拙稿を読まれていて、いわば愛読者になられている方もおられるようで、それも大変ありがたいことだと感謝いたします。

 さて、本記事を認める際に、もっとも気にしていることは、マイクロバブルの知見や体験において、何を、どこまで丁寧に描くか、にあります。

 ここが非常に微妙で、思索を重ねる部分でもあります。

 当然のことですが、「良い記事を書けた」と思う時の、読者のみんさんの反応はよく、その逆の場合は、それが、そのまま読者数に現れます。

 また、どこかに出かけた場合には、そこでの情景や事情を詳しく書けますので、リアルな旅日記としての説得力を、より増すことができる記事になります。

 そんなことを考えながら、この1年を振り返りますと、ようやく、国東や大分県という地域に根ざし始めてきた、このような実感をもつことができるようになりました。

 まずは、自然としての気候風土を、どのように身体的に、そして精神的に受容するかという、大きな問題がありました。

 こちらに来て、それこそ生まれて初めて「我が家」を新築することになりましたので、大分、国東という気候風土のなかに、その家があり、ここでの生活に分け入り、慣れる、この課題が存在していました。

 しかも、それは、高専教員としての仕事と生活から抜け出し、民間企業員へと転身していくことでしたので、これはなかなかのことでした。

 いわば、職業、生活、家、気候風土、これらが一挙に変化を遂げることになったわけですから、それは、私にとって、決して小さくはない問題でした。

 まず、その職業において、最初に問われたことは、38年間の教員生活をきちんと客観視できるかどうかでした。

 自分のなかに、新たな視座が形成され、その過去を客観的に考察することができないと、この問題解決の糸口を得ることができません。

 平たくいえば、「まだ高専教員のような自分がいて、その思考を続けようとしている」のですから、これは、自分と前の職場のことを客観視することができないままでいる、ということになります。

 とくに私の場合は、最後まで賑やかというのでしょうか、高専での定年退官を迎える年に、東日本大震災の復興支援を、国から大型補助金を得て行うということになり、そのために、退官準備、復興支援、家づくりと引っ越し、という3つが重なってしまいました。

 そのために、前職の印象がとても色濃く残っていて、そこからの転換は、なかなか容易ではありませんでした。

 それゆえ、それらに拘ったままでいれば、新たな自己形成には向かえないことになりますので、それらを実践的にどう乗り越えていくのかが、深く問われることになりました。

 その第1は、高専の50年を振り返り、そこに横たわってきた構造的問題を究明し、その解決法を明らかにすることでした。

 折しも、そのような考察は、ほとんど高専の内外においてなされていなかったことから、それは独自に分け入る課題となりました。

 また、これらの考察は、高専の現状をどう把握するかの問題と結びついていくことになり、そこから、「高専は危機的様相を強めている」という命題を引き出すことにもなりました。

 さらに、この危機認識は、自ずと、その打開法を検討することにも波及し、それが「今後の高専50年の展望をどう切り拓くか」という重要な問題に切り込むことにもなりました。

 その第2は、高専危機の有力な打開策として究明された「地域に根ざした技術づくり」、「地域に根ざした高専づくり」を具体的かつ実践的に究明していく課題でした。

 これは、日本高専学会ブレイクスルー技術研究所の活動として、次の2つの課題において実践され、それが発展を遂げ始めています。

 ①地元大分や国東の農漁業を充実・発展させるプロジェクト

 ②岡山県瀬戸内市における備前焼き巨大窯プロジェクト

 まず、①については、県南地域において水産養殖支援(佐伯市、津久見市、大分市など)を行い、地元国東では、マイクロバブル技術特別セミナーを経て、マイクロバブル研究会が結成され、1)七島イ、2)生物洗浄、3)農業などへの取り組みが始まりました。

 また、②については、ブレイクスルー技術研究所総がかりの取り組みとなり、世界初の巨大窯による備前焼の作品作りの支援をさせていただきました。

 重要なことは、これらの課題に対する取り組みが、さらに着実な発展を遂げようとしていることであり、それが私のみならず、関係者のみなさんによって支えられていることです。

 ここに、小さくない希望が存在していることです。

 とくに、これらの活動は、ブログ再開の時期と同じくして発展を遂げてきており、それらを、その都度、具体的に本ブログにおいても紹介させていただきました(つづく)。
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          秋の深まりとともに咲く紫が一段と濃くなったラベンダーセイジ