先日の7月27日付けの日本経済新聞の教育欄に、筑波大学教授のK氏による「4年制職業大学に疑問」の記事が掲載されていました。

 この7段記事の小見出しは、次のように書かれています。

 ①「専門学校母体の新教育機関」

 ②「『単技能』需要は限定的」

 ③「大学自らが改革を」


 現在、中央教育審議会の特別部会において、「4年制職業大学」に関する審議がなされていますが、このK教授は、その部会委員をなされています。

 その委員が、審議の途中で、その審議内容に関わって「4年制職業大学案に対して強い疑問」を示すことは異例のことであり、かつては、あまりなかった珍しいことといえるのではないでしょうか。

 それだけ、議論が白熱し、場合によっては、相当な意見の違いが、このような記事に反映されているのではないかと思われます。

 もちろん、審議の途中であっても、このように公明正大に疑問や課題が示されることによって、その議論が国民や関係者を巻き込んで多様になされることに結びつく可能性はありますので、その見解の提示については、異例のことではあっても、むしろ歓迎されるべきことだと思います。

 そこで、この視点を踏まえて、本記事に示された見解について、若干の考察を試みることにしましょう。

 この前半は、昨今までの大学教育について、次のような指摘がなされています。

 ①職務に必要な知識・技能は大学教育の内容と明確な関係を持たない。

 ②大学就学率は5割に達した。

 ③一括採用の大卒採用は30万人で停滞

 ④新規大卒者の4割がサービス産業に就職

 ⑤大学教育においても「手に職を付けさせる教育をすべき」という声が強まっている。
 

 次に、中央教育審議会特別部会での専門学校母体の新種の職業高等教育機関の設置問題が審議されていることが紹介されています。

 このなかで、「2年の短期大学であればよい」としながら、4年制の職業大学構想については、「強い疑念がある」という見解が示されています。

 その理由として、「第1は、拡大しつつある新しい産業と、そこで必要とされる知識・技能がきわめて多様で流動的である点である」という見解が明らかにされています。

 まず、「第1は」という書き出しがあるので、次の第2、第3があるはずですが、これが見当たりません。

 その意味で、本文書は、よく推敲がなされていないことが気になりました。

 それから、「時代に対応した知識や技能が多様化、流動化してきているので、専門を固定化する職業大学では、時代に対応できないのではないか」、という「疑問」を寄せられていることにも少なくない問題があるように思われます。

 この主張が正しければ、既往の大学工学部、医学部、農学部など、専門性を有する大学教育においても、ますます、その多様化・流動化の波を大きく受けることになり、場合によっては、その存立さえ危ぶまれるようになることになります。

 第3は、「技術」のことを「技能」と記述していることにあります

 先の有識者会議による審議の「まとめ」においてさまざまに述べられているのは「技術」のことであって、技能についてはほとんどなく、その言葉すらも登場していませんので、この用語使用にも問題があるように思われます。

 それにもかかわらず、「『単技能』需要は限定的である」という見解には、小さくない「的外れ」が生まれていることを指摘せざるをえません。

 そこで、重要な論点を整理しておきましょう。

 上記の指摘においても示されていたように、このK氏は、近年における製造業の衰退と同時に起こってきたサービス産業への発展、この流れのなかでの産業の多様化、流動化のことに言及されています。

 ここで、本質的に重要なことは、本職業大学が、国内で衰退し始めている製造業(圧倒的多数の中小企業を含む)のためのものなのか、それとも、「サービス産業」の発展に対応したものなのか、この区別を明らかにして論ずる必要があることです。

 前者においては、「日本経済を牽引する『エンジン』が無くなってしまった」ことが指摘されています。

 すぐ前の「自動車」のようなエンジンがなくなって久しく、その次を探す努力がなされていて、そのためのイノベーションを起こすことが求められています。

 本職業大学は、この製造業の復活、日本経済を牽引できる新たな「エンジン」の創出に寄与できるものになることに意味があると考えます。

 この新エンジンは、かつての自動車のように一部の企業のみで関わるのではなく、中小企業を含めた圧倒的多数の、いわば国民規模のスケールと現実融合性を有した新技術によって裏打ちされたイノベーション技術を中心にして生み出されるものではないかと予測しています。

 富士山のように広大な裾野を有する新型のイノベーションであれば、本職業大学も立派に関わって発展できるのではないでしょうか。

 また、本職業大学の母体は、23万人の卒業生を生み出す専門高校の生徒たちです。

 この中核を担うのは、製造業を中心にした企業に就職を希望する工業系学科の卒業生であり、それを実現できる教育を行うことが新大学の役割といえます。

 第4は、本職業大学において、2年制の短大であればよい、4年制であれば、その設置に強い疑念を持つという見解が示されていることです。

 本職業大学構想において最も強調されている点は、「質の高い」教育によって学士称号を与えることができる「大学教育」を新たに創造することです。

 専門高校生の段階では、専門における基礎的な知識しか学習していませんので、その段階から発展させて「質の高さ」を確保することは、2年制の短期大学では、おそらく不可能と思われます。

 また、実際の入学生は、その質の高さを求めて4年制コースへの志望を指向すると思われますので、このコースをなくすことは、その重要な目標である学士クラスの「質の高さ」を実現できないことに結びついてしまう恐れがあります。

 2年制コースのみでは、本大学を新設する意義と意味が、ほとんどなくなってしまうのではないでしょうか。

 この4年制コースの設置に強い疑問を示すことに関しては、既往の大学教育の問題が関係しています。

 その指摘が、本記事の後半に示されています。これについては、次回に詳しく検討したいと思います
つづく)
kameyama
                  広重 東海道五十三次 亀山 雪晴