昨日は、病気の友から電話をいただきました。この2、3日、やや持ち直して、気分も上向てきたそうで、電話の向こうの声にも明るさがありました。

 私も経験がありますが、いつのまにか、病気に負けてしまいがちになり、どうしようもないところに自分が追い込まれていくことになって、気分も低下してしまうことがあります。

 こんなとき、その病気を心の底から受容し、そこから改めて自分を見直し、生き抜く気持ちを再構成していくことが重要になります。

 そして、何よりも元気な自分を、そこに見出していくことが大切です。

 ところで、この電話は、我が家の中庭で育てたキュウリ3本と大葉が立派に大きくなっていたので、それらを食べていただこうと思って、クール宅急便で送付させていただいたことに対する「御礼」の返信でもありました。
 
きゅうり

 これが送らせていただいたキュウリです。これからも明らかなように、その長さが35~40㎝もあり、これらを収穫した時には、その立派さのあまり、少々吃驚してしまいました。

 このキュウリ、水分が豊富で柔らかく、それから何といっても種の部分が甘くて美味しいのが特徴であり、このように大きくなっても、その特徴が変わることはありません。

 それから、皮が厚くなくて、食べやすいことも気に入っています。

 先日も、お客さんに、このキュウリを生で出したら、それこそ、二人で競い合いながら食べられていました。

 真に印象深い食べっぷりでした。

 おそらく、キュウリといっても、そのほとんどは水分ですので、水を飲んでいるようなものですが、それでも、キュウリを生で味わうことができますので、その摂取に喜びを覚えることには、小さくない意味があるように思われます。

 何本植えたか忘れてしまいましたが、昨年よりも今年は、キュウリの苗を多く植えてきましたので、その分だけ収穫量も増えていて、おかげで、今年はキュウリの当たり年になりそうです。

 なかには、せっかく育ったのに、途中で枯れ、さらには病気になってしまったものもありました。

 その度に、こちらも落胆していましたが、それでも、その苦難を乗り越えて立派に育っていくキュウリもあり、今度は、それに励まされていました。

 じつは、今朝ほど、見えにくいところに、それこそジャンボキュウリが生っているのを見つけましたので、明日はそれを喜々として収穫し、このところ凝っている糠漬けにしようかと思っています。

 おそらく、体長は40~50㎝、直径は、6~7㎝あるのではないでしょうか。

 ジャンボサイズのキュウリといえば、昨年は、加賀太キュウリが生り、それこそ食卓を賑わしたことを思い出します。

 このキュウリの形は、ずんぐり、むっくり型で、長さよりも直径が太いことに特徴があり、味もしっかりしていました。

 その経験もあって、今年も懸命に苗を探しましたが、とうとう店頭には見つからず、しばらく諦めかけていました。

 しかし、そのうち種を買って育てる手もあるなと思って、ネット上で探してみたら簡単に、それを見つけることができました。

 それが届き、後ろの解説を見ると、すでに発芽の適温の時期が過ぎていましたので、我が家にある小型冷蔵庫内で適温設定して育てることにしました。

 先ほど、この種の発芽の様子を調べてみると、そのいくつかの芽が出ていましたので、これらを大切に育ててみることになりそうです。

 現在は梅雨の真っ最中、数日に1回の割合でしか、太陽も顔を出してくれません。

 --- はたして、本当に育ってくれるのかどうか?

 とても心配ですが、とにかく、その芽の生命力に賭けてみようと思います。

 この若い生命力が息吹きし、たくましく育ってくれると、今度は、それを病気の友に送ることができるようになるとよいですね。

 自分で大切に育て、それを自分で食べる、そのことを通じて植物の生命エネルギーを体内化する、私は、これこそ植物との対話の終着地点ではないかと思い始めています。

 ヒトと植物は、長い歴史の中で、このような対話を続けてきて、今日があるようですね。

 加賀太キュウリ、これが大きくなるのは夏も終わりの頃でしょうか、また、その時に立派な報告ができるように願っています (つづく)。