先週の土曜日はお客さん、そして昨日は、珍しく朝から夕方まで装置の組み立て作業を行いました。

 このとき、手足を動かしながら、頭の方も回転しますので、いつのまにか、少々昔のことを思い出すことができました。

 --- 若い頃は、こうして、土曜、日曜日もなく働いていた。それを行うのが自分の勲章のような気がしていた。能力を補い、磨くのは、このように人が休む時に働くことで実現できるのではないか?

 今となっては、そこに少々の無理があったように思いますが、それが若さだったのかもしれませんね。

 さて、夕方の6時からはBSで、いつもNHKの大河ドラマを見ています。今年は、維新の志士たちの物語ですから、よりおもしろく拝見しています。

 昨夜の番組では、長州藩が起こした「禁門の変」において、久坂玄瑞が自決をするシーンが放映されていました。

 今回の久坂は、それを演じる役者の個性も影響して、人の良い、おっとりした誠実性を基本にした若者として描かれていました。

 これに対し、同じくNHKの「歴史選択」においても、同一人物が取り上げられていて、ここでは、これとはやや異なって、聡明な久坂の人物像が取り上げられていました。

 とくに、そこで注目されていたのが、久坂が行った志士たちの横の連携であり、今風でいえば、藩を超えてのネットワークづくりでした。

 これに優れていた久坂は、新たな時代を切り拓く魁の人であり、だれにも負けない人間的魅力を有した人であったことが強調されていました。

 しかし、その志士もわずか25歳で倒れてしまいました。

 この悲報を耳にして、野山獄に閉じ込められていた高杉晋作は、「なぜ、そんな死に方をしたのか」と無念の憤りを発します。

 吉田松陰に続いて、その一番弟子の久坂がいなくなり、最後に残ったのが高杉晋作でした。

 折しも幕府は、この禁門の変を起こした長州を征伐することを決め、東西から長州に攻めてきます。

 ここで、高杉が、驚異的(みずからは「狂人的」といっている)な活躍を遂げるようになります。

 すでに、かれは、上海を自分の目で視察し、そこでの見聞から、重要な教訓を導き出していました。

 それは、自前の「優れた軍事力」を持つことによって直接、世の中を変革していくことであり、この追及が討幕へと発展していきます。

 この自前の軍事力を組織し、築いていった高杉の先見性には目を見張るものがあります。

 これを、司馬遼太郎は、それを「軍事・機械工学的明るさ」といい、葉室鱗は、イギリスと清王朝に闘いを挑んだ部族集団の活躍を目にしたことを取り上げて解説されています。

 これらは、攘夷を基本にして朝廷を通じて幕府を諌めていこうとする久坂らとは、大きく異なる新たな視点でした。

 これから、この高杉の「先見」が、このドラマを、ますますおもしろくしていくのではないでしょうか。

 ここで重要なことは、久坂も高杉も、20代の若者であり、かれらが時代を切り拓いていったことです。

  それを可能にしたのは、最新の軍事技術を学んでいた先見性、そしてそれを支えた世の中の見方(社会性)、師(吉田松陰)の思いを実現させようとした誠実性、これらに明るかったことではないかと思われます。
 

 これらは、今の時代に、どう生かされているのでしょうか?

 
これから、高良健吾が演ずる晋作が、どのように描かれていくのでしょうか。

 それを、主人公の杉文とともに観察していきたいと思っています。

 
ますます危うくなってきている昨今の日本において、これに抗する若者の声が上がりはじめています。

 これらが、久坂や高杉の思いと結びついて大きな潮目の変化を遂げさせていくのではないでしょうか。
紫陽花-0626-3
     紫陽花の季節も、そろそろ終わりですね。最後の華やかな様子を写真撮影しました。