この2日間、かなりハードな仕事をしてしまい、とうとう体に変調をきたすことになりました。やはり、無理は行けませんね。

したがって、本日のブログ記事も、その日になってから書くことになってしまいました。

さて、先週の金曜日、土曜日と、国内外から、お客さんがやってきて、楽しい一時を過ごすことができました。

その最初の方のお客さんが持ってきてくださったのが、山口県柳井市の「翁あめ」という寒天お菓子でした。

「これは、かなり甘いので、一度に2つ以上を食べることができません。しかし、その1日1個が続き、最後には無くなってしまうという、ふしぎなお菓子です」

この説明を聞いたときに、そんなふしぎなお菓子が、この世にあるのだろうか」と思って聞いていましたが、実際には、その後、この説明の通りの状況が続いています。

おそらく、今は、その全体の半分が無くなったころではないでしょうか。

毎日1個を美味しくいただき、そのよさを味わっています。柳井といえば、三角餅が昔から有名ですが、このようなお菓子があるとは知りませんでした。

三角餅と同様に、柳井の名物になるとよいですね。

前置きが長くなりましたが、約1カ月弱のブログガイダンスをしておきましょう。

まずは、最近の「松林図屏風」の連続記事について触れておきましょう。長谷川等伯による渾身の屏風図であり、その本物に触れることができて、心の底からうれしく思いました。

この図屏風は、安倍龍の小説を読んでからますます拝見したいと思っていましたので、何が何でも観てみようと思い、大分県立美術館に出かけました。

そして念願が叶い、まことにうれしく思いました。

本物の絵画は見れば見るほど好きになっていくものですから、今回は、有名画家の作品もすべてすっ飛ばして、この図屏風のみを鑑賞させていただきましたが、それが正解でした。

そして、本物であるがゆえに、その余韻は覚めることはなく、それが影響して、異例のブログ記事の更新となってしまいました。

おまけに、美術館で買った色紙大の等伯の図屏風を机において毎日仕事をしながら眺めています。

そして、まだ、その記事の更新が続いていますので、どうかよろしくお願いたします。

ところで、この記事を書いている最中に、「松」の字に因む方々や事例が連続して出現してきました。

現在は、その松に因むことが7件重なり、そして、鶴に酒も加わって、こんなにおめでたい名称の連続を得て、「これは何かよいことが起こるのかもしれない」と密かに期待を寄せ始めていました。

そしたら、先週の金曜日に、今度は「竹」に因む名前の関係者の訪問を受け、その竹の方からの電話もありました。

松に竹、そして鶴に酒、無いのは桜か梅となりますが、はたして、どうなるのでしょうか。

独りで、そんな思いを抱きながら楽しんでいると、やはり、すばらしいことが起きました。

2日前の早朝に、何げなく中庭に下りて眺めたら、それが目の前で起きていました。こんな時、私の場合、ワクワクして心の底から喜びが込み上げてきます。

おそらく長い人生においても数度も起こらないような出来事ですから、ワクワク、そしてドキドキが起こり、そこはかとない喜びが湧いてくるのです。

こんな時、起きている現象に確信を抱きながらも、それは本当なのかと、わが目を、そして、わが想いを疑ってしまいがちになります。

ですから、その日は何度も、それを眺め、さらにその翌日も確かめ、これで間違いないというところまで到達していくことになります。

この心模様が、真にゆかいで、苦楽吉祥の言葉を思い浮かべたりします。

「私が求めていたのは、これだったのか! もしかして、これが、これからの世の中を変えることにつながっていくと、どうなるのであろうか?」

こんな想像ができるようになると、さらに心はゆかいになっていきます。

最先端ではなく、だれもが日常において出会う世界において、こんな現象に出会えるのですから、これには、嘘もひ弱さもありません。

「5、6年すると、本物になる、実用化して世に出るという、新技術によくありがちな話でもありません。それこそ、本日からすぐに役立ち、既存のものと融合していける『たしかさ』を有しているから、ゆかいなのです」

これからのブログガイダンスを要領よく行うつもりが、いつの間にか横道に反れてしまいました。

この続きは、明日の記事で述べさせていただきます
(つづく)。
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  我が家の中庭に咲いた黄色いバラ(2年前に家内がいただいた一輪のバラが育ちました)

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