どうやら、頭の疲れの度合いが、マイクロバブル入浴を求めるようになり、そして、その入浴時の睡眠中枢への刺激が高まり、睡魔が押し寄せてくる、このような仮説が成り立つのではないか、
そのような思いを強めています。

というのも、昨日の昼間のお風呂では、そんなに頭の重さを感じない状態での入浴でした。

いつものように、新聞二紙を持って入りました。

この新聞を読みながら、今日は、ふしぎと睡魔が襲ってこないと思っていました。

しかたなく、次の新聞を読んでいるうちに、ようやく睡魔さんがやってきました。

あまり面白い記事がなくて、退屈した直後のことでした。

ーーー それにしても今日は遅いな!

このように感じていました。

これは、頭の重さに関しては軽い方の事例であり、これを確かめたところで、おぼろげながら、その相関関係が少し浮かび上がってきたのではないかと思います。

これも、原稿書きのおかげでしょうか。

そして、困っているときに、いつも私を支えてくれるマイクロバブルのせいでしょうか。

大変重要な問題の糸口が解りはじめた、という気分になり始めています。

さて、その肝心の原稿の方ですが、第3のトンネルをほぼ抜け、残るは、その章の図面を仕上げるだけになりました。

この図面づくりは、楽しいものです。

それに頭もそう使いませんので、ハードな仕事ではありません。

ところで、今回の第3トンネルのテーマは、マイクロバブルの基礎に相当するもので、第4トンネルと対をなした章構成となっています。

周知のように、マイクロバブルの基礎に関しては、物理、化学、生物という3つの基礎学問のすべての知識が必要になります。

自分が育った学者のパターンを壊さないと、これに立ち向かっていくことができません。

しかも、マイクロバブルという学問が成立してきたのは、およそ、この10年程度ですから、過去の学問的蓄積がほとんどありません。

頼るのは、自分のみという、ある意味で「恐ろしい世界」なのです。

したがって、その3つの基礎学問の知識を総動員させながら、しかも、マイクロバブル発生装置の開発者(「超高速旋回式マイクロバブル発生装置」、1995年開発、これがマイクロバブル技術が誕生したことになりました)であることから、その装置の長所、短所をきちんと踏まえて書くことを余儀なくされます。

さらに、基礎といえども、その考究がなぜ大切かを、マイクロバブル技術の現場で起こっていることも踏まえて展開するわけですから、これはなかなか容易なことではありません。

わたくし、「マイクロバブルはかせ」も、12月以来、思考と悩みを繰り返しながら、今日まで過ごしてきました。

当然のことながら、このように、その執筆に専念、没頭してきたことは初めてのことでした。

おかげで、「頭が重くなる現象」をよく体験することができました。

このハードな物書き生活を、このマイクロバブル入浴で軽減できたのですから、そして、それを書いている内容がマイクロバブルそのものなのですから、これは、「何と申しましょうか」といいたくなります。

今度、それにぴったりの4字熟語の「ことわざ」を、マイクロバブル入浴の時に考えてみることにします。

さて、最後に残った第4トンネル、これはマイクロバブルの基礎の基礎に相当するものです。

基礎の基礎を明らかにすることで、その上にマイクロバブルの技術を打ち立てやすくしようと試みたものです。

周知のように、マイクロバブル技術は、燎原の火のように広がり、広大な裾野を形成できるようになりました。

今度は、その裾野の上に高い山を築いていく必要があります。

この裾野が広いほど、みんなで、その山をより高く、そして雲も突き抜けて高く聳えさせることができるようになります。

マイクロバブルという、ふしぎで魅力あふれる新物質に最初に出会うことができたのですから、マイクロバブルはかせとしての私が、まず、その裾野の土台をしっかり建設していかねばならない。

そのような思いに駆られて、今度の執筆を引き受けさせていただきました。

そして当然のことながら、私に与えられた役割とは、その土台だけを形成すればよいということではありません。

その裾野の土台の上に、高い聳え立つような山を築いていくことも重要な仕事と思っています。

今、岡山県瀬戸内市の巨大窯の温度は700℃を超えたそうです。3時間おきに、X先生が起きてきて、その登り龍の出来栄えを点検されています。

大変な使命観と忍耐力で、この世紀の大事業をなされています。

これに比べれば、私の通ってきたトンネルは、ちっぽけなもので、その思いも今回の執筆の支えとすることができました。

さらに、約70年前の8月9日に、焼け落ちた瓦礫の中を家族を探して歩いた佐藤浩先生が、黒焦げの死体を見て、そして多数の死体を焼き、「なにくそ、負けてたまるか!」という思いをなさったことも、私を鼓舞させるものでした(本ブログ1800回記念シリーズ参照)。

裾野を広げ、高い山を築く、今回の仕事で、いよいよ、それが始まったのではないかと思っています(つづく)。



北斎 玉川
葛飾北斎 富獄三十六景 武州玉川