末尾には、次のような締めくくりの一節がありました。

「一連の実験に費やした資金と時間、労力を回収することは不可能だ」

すべての私財を投げ打って、この大勝負を仕掛けてきた方ならではの言葉です。

昔から、そのようにして仕事をしてきたから、今も、こうさらりといえるのではないかと思います。

そして、これからの展望について、次のように述べられています。

「それでも、誰かが取組み、先人たちの大窯に学ばなければ、焼き物の未来は描けないと考える」

87歳にして、学ぶ、そして、挑む、さらには希望を持つ、その心意気が示されています。

ここには、この巨大窯が、未来を切り拓くという展望をしっかり持たれていることが重要です。

「焼き物の未来図を描くために、この大窯のキャンパスに挑む」

その500年、1000年の未来図は描きはじめられている、これが、この末尾の言葉を読んだ時の直観でした。

そうでなければ、このようには書けない、そう思います。

おそらく、「心を動かす」という見出しにあった言葉は、その未来をも動かすことが含まれているのだと思います。

となると、「どう土を動かすのか」が、非常に重要になります。

土を動かさなければ、心は動かないからです。

それでは、どうやって、土を動かすのか?

再度、このすごろくは、起点に戻ることになります。

すべては、その未来を決める作品が出てからの話になります。

4月に窯焚きが終わり、7月には窯だしが始まる予定です。

登り龍が、どう乱れて動き回ったか、そこには、その印が残されていると思います(つづく)。
龍北斎20150113
葛飾北斎 登り龍