土の粒子サイズは予想した通りの結果になりました。

切り出しから、何年もかかって、しかも膨大な作業を経て、ここまでにするのですから、頭が下がります。

とても、重要な変化を遂げた貴重な土といえるのではないでしょうか。

この長時間と重作業なしには、だれも造ることができないのですから、名人芸といえます。

ここで、「なぜ、ここまで小さくする必要があるのか?」という疑問がわいてきます。

先生は、このことについて次のように書かれていますので、再記しておきます。

「自然の力で微細に粉砕したものほど焼成時の変化が起きやすくなる」

この「自然の力」の部分については、のちほど考察することにして、先に「微細に粉砕した土ほど変化が起こりやすい」ことの理由を考えてみましょう。

土の粒子が細かくなればなるほど、狭い空間に密に土を押し込むことができるようになります。

これによって、隙間がなくなり、土のムラがなくなります。

このムラができると、そこに空気や水が溜まります。ご存知のように、これらが高温になると膨張し、それが割れの原因になってしまいます。

2つ目の問題は、土の粒子同士が接触する面積が増え、そのからまった状態で焼かれますので、その接触面の周囲が溶け出し、それが固まることによって、一体化した陶器になりますので、これはとても強い焼き物になります。

少々のことでは割れないという備前固有の特徴が生まれてきます。

三番目は、熱の伝わりやすさの問題です。土の粒子が小さいほど粒子同士の接触面が増えますので、熱の伝搬がより容易になります。

空気は、土より熱の伝わり方に優れていませんので、できるだけ空気の隙間がないと熱の伝搬がよくなり、窯変も起こりやすくなります。

もうひとつの要素の「自然の力」についてです。

みなさんは、どこの海岸にいっても、その波打ち際がとてもきれいであることを知っておられると思います。

そこには、砂と水が動き回って、流動を永遠と繰り返しています。この砂浜の砂もきれいです。

じつは、このきれいな砂の一粒に、何万個もの微生物が住み着いていて、それらが、汚れがやって来ても食べてしまうので、海岸線はどこもきれいなのです。

じつは、この備前の土の粒子にも、多くの微生物が生息しています。

一粒に何千個という単位で生息していると予想しています。

ですから、自然の力を借りて土を造るとは、微生物の力を借りて、ある意味で、土の汚れた有機物を微生物で分解しながら土を造ることだったのだと思います。

粒子をきれいにする微生物を育てながら土づくりを行っていた、これが備前の土づくりだったのです。

じつは、先に書かせていただいたサンプル缶を静置して、しばらく、そのままにしておきました。

そして先日、その粒子のサイズを計ってもらおうと、それを取り出したところ、沈殿していた粒子のうえに、なにかうっすらとした別のものができていました。

「こんなものはなかったはずだ!」

と思いながら、それを調べると、それは微生物の住処のようなものでした。

そして、この住処のなかに、粘土粒子がきちんと同居していました。

粘土粒子は電気的にマイナス、有機物はプラスですので、電気的に引き合い、同居が可能になったのだと思います。

これは微生物がきちんと活動していたということを示唆しています。

これは作品を窯のなかに入れて年月が経っても、その中で微生物が活動できるという問題につながります。

焼かれるまでは、土の悪化や汚れを防ぐということになります。また、

「これが自然の力」の正体ではないかと思います(つづく)。
江尻田子の浦

                                                                  葛飾北斎 江尻田子の浦