マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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2011年07月

昨日は、急に午後からダム貯水池に行くことになりました。昨年はよく通った貯水池です。 マイクロバブル発生装置の稼働状況や貯水池の観察、それから、周辺機器の整備のためでしたが、久しぶりに身体を動かしました。 もう真夏の天気ですが、炎天下での強い日射しのせい

帰りに、再び大船渡市の中心市街地の惨状を見学しながら撮影もしました。そこには、それこそ戦争後の廃墟のような残骸が残されているのみでしたが、どれ一つとして無事なものはなく、完全に津波が飲みこみ、破壊した姿があるのみでした。 再び、何も言えずに、ひたすら眺め

「わらしべ王子」と「わらしべ長者」、これは似ているようで、似ていない話のようです。最初の交換物は藁(わら)ですが、これはいずれも同じです。 しかし、そのワラからが違うのです。前者では、このワラと味噌の交換になります。しかも、このワラは、亡き母が大切にしな

今朝も早朝散歩に出かけました。徐々に習慣になりつつあり、わずかですが、これが体調改善にも結び付いているようです。 さて、近頃は、このブログ記事をいろいろな方が読まれているようで、昨日もラジオ関係の方から話がありました。 私どもの仕事や取り組みを社会的に

陸前高田市を遠望しながら峠を越え、眼下に大船渡湾を見下ろすところまできました。この国道45号線を下れば、すぐ右手に大船渡湾が開けています。 また、この国道を北上すれば釜石、宮古へと通じています。 車は、この45号線を右折し、旧大船渡市街地(津波で破壊されつ

昨日の早朝散歩は、いつもと違っていました。出かける前に、ジャケットのポケットの中を確かめ、紙幣を持っていると判断して出かけたのですが、それはいつものコーヒー屋の伝票でしかなく、やむなく、散歩の途中のコーヒーが飲めずに引き返すことになりました。 そのせいで

みどり子(生まれて間もなくの赤ちゃんのことをいう)はまもなく150日目、100日ごろと大きく変化したのは、手の動きでした。 脳の発達が手を動かすように仕向け、この手の発達が脳を刺激する、この反復の学習のなかで、より高い次元の成長を遂げていったようです。 また

久しぶりに、本日はゆっくりと土曜日を過ごしています。昨日までに、緊急の懸案事項について何とか処理できることになりそうで、少し安堵感が漂うことになり、ほっとすることができました。 そこで、たっぷりとマイクロバブル入浴をして、さらにリラックスし、それから珍し

東日本大震災支援プログラムに対する応募申請の締め切りは4月22日、調査員が訪れてヒヤリングが行われたのが5月2日、その直後にプレス記事の原稿執筆依頼があり、正式の採択通知は、5月16日に受けました。 応募総数は124件、採択数は6件でした。この採択のうち、地元東北地

久しぶりに早朝散歩に出かけようと思い、ドアを開けると、小雨模様、どうしようかと一瞬迷いましたが、「これぐらいの雨だったら大丈夫」と思い、傘をさして出かけることにしました。 長旅から帰ってくると、疲れの回復とともに、今度は急ぎの仕事が追いかけてきます。

今も昔も、そこは木曽のA村。馬籠から少し外れた小さな村。 ここに、昼間から神様が出現するという温泉場がありました。かの有名な吟遊詩人の種田山頭火も、この地に分け入り、温泉に浸かり、旅の疲れを癒したそうです。 「分け入っても、分け入っても、青い山」 この

  Mさんの運転で、仙台から一関へ、そして気仙沼へと向かいました。この気仙沼も気仙沼港を中心に壊滅的打撃を受け、その復興のシンボルとして昨日の報道ではカツオの水揚げが報道されていました。 このカツオは、黒潮に乗って北上してきたカツオを追ってきた宮崎の漁

新たな担当員から依頼を受けたことは、記者発表記事の原稿を執筆することでした。 ただし、現時点では、正式に採択が決まっていないので、あくまでも候補であることから、それを踏まえて仮の原稿を書いてほしいというものでした。 正式な採択には至っていないけれども、

生後120日を過ぎたころから、手をよく動かすようになりました。これは、目の前にあるものを掴み、それを口の中に入れて確かめたい、このような要求と動作に結び付いているようです。 自分の指を口の中に盛んに入れてしゃぶるのが好きです。それから、周囲に対しても好奇心

有明海の浜に、あっというような驚くべきこと、すなわち吃驚現象がおきました。それは、浜中に岩ガキの大群が現れたことでした。 かつて、そんなことは一度もない、というのが地元の漁師の方々の言い分であり、それこそ驚きとふしぎで迎えられた現象でした。 砂浜にすみ

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