マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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2011年05月

緑子の進化は、黙って森の児山羊を聞くことに留まりませんでした。生後80日を過ぎたあたりから、歌を聞きながら、自分で声を出し始めたのです。 もちろん、言葉を発することはできませんので、「あーぁ、うーぅ」という声ですが、それが、徐々に連続して発するようになり、

歌の力が生まれたての赤ん坊に非常に有効であることを知った母親は、それから毎日のように歌を唄ってあげました。 また、歌だけでなく、語りかけるときも、歌のように語り、その度に、赤ん坊の反応を確かめていったのです。 そして、その生後まもなくの赤ん坊も、その刺

原発危機は、依然として収束せず、むしろ進行しているのではないか、そのように考えざるをえない状況が伝えられています。 この危機には、原発自身の現象的な問題と、それに対応する人為的問題の2つがあるようです。 前者においては、第1に、福島第1原発1号機の原子炉内

それは、生後2週間しか立っていない赤ん坊になされた行為でした。 赤ん坊の目をしっかり見ながら語りかけ、歌を聞かせたのです。美しい、張りのある声で、語りかけるように唄ったのでした。 そしたら、その赤ん坊が、じっと目を動かさずに聞き入っていたのです。これには

震災・大津波から2カ月が経ちました。しかし、その復興はなかなか進展せず、大きな課題が山積して、いまだ暗闇のなかにいるような状況です。 以下、思いつくままに、その暗闇状況を列挙してみましょう。 ①膨大な瓦礫の山が築かれ、その処理には3年以上かかる。 ②塩水

真正面から、緑子の目をじっと見ながら、やさしく唄いかける、この働きかけは非常に重要でした。 じっと、歌い手の目を見ながら、歌を聞いているのです。その目は瞬きもせず、前を向いたままで静かに耳を傾けていました。 「うそでしょう、そんなことはありえない」 周

「東日本地区は、漁業で生活が成り立つ地域でした。それは、親潮と黒潮がぶっつかり、天然のすばらしい漁場が近くの海にあったからです。その意味で、この海は、いのちを支える宝の海だったのです」 「その通りです。宮城の松島から、北に上がりますと、それこそ漁業基地が

海水が浸みこんだ土から塩分を除去するのに2年あるいは3年かかるという見通しが示されています。 これをもっと早めて、より簡単に、しかも安価にできる方法はないか、これは非常に重要でかつ新たな技術開発の課題といえます。 なにせ、海水が浸水し、それが停滞したまま

母親の体内から赤ちゃんが生まれる、これは、新しい命の誕生と旅立ちを意味します。そして、その生命エネルギーの源は母乳という形態で外部補給されるようになります。 聞くところによれば、赤ちゃんの胃袋は卵にも満たない大きさだそうですので、母乳を飲んでもすぐにお腹

これまでリアス式海岸のように、内部に進行するに従って、津波のエネルギーが増していく場合の対応法について検討してきましたが、次は、宮城県湾岸のように広い領域にわたって津波が襲来した場合の検討を行います。 これについては、沿岸部での対策は、低い堤防、松林しか

 今年のバレンタインの日に、「今生まれたよ!」という元気な声が届きました。それから約1カ月して、その緑子の主人公に会いに行く機会に恵まれました。 そのころは、原発が次々に水素爆発を起こし、膨大な量の放射線が大気にばらまかれたころでした。 その頃の東京は

本日は連休最後の日でした。不思議なことに、5月の連休は仕事をするものだと思ってきました。したがって、どこかに遊びに出かけた、あるいは何かしたという記憶が少しも残っていません。 このような具合ですから、今年も、そのようになるであろうと予測していましたが、や

大変うれしいことがありました。今回の地震と大津波の災禍を受けたSさんから電話をいただいたからです。 とても、しっかりした声で語りかけられ、こちらが「何といったらよいの」と、一瞬こちらが戸惑うほどでした。 このSさん、お兄さんとともに、「養殖カキづくり」に

「東日本の復興において、そのキー・ワードは、農業、漁業、中小企業の3つでした。なかでも、漁業における先導的役割が小さくなく、漁業が水産業や加工業を誘発していました。 さらに、その従事者には農家の兼業者が多く、ここでは、漁業、水産業と農業がリンクし、その関

先日は、朝からおめでたの行事に参加してきました。空は五月晴れ、ここちよい風が社の上まで吹いてきていました。 その主役は緑子、御幣の前では、静かに、ここちよさそうに寝ていました。 無事、お参りを終わり、社のまえで記念撮影をしているときでした。 いきなり、

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