マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ、国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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2011年03月

リゾートイン芙蓉の玄関受付で名刺を渡し、この「泉水」温泉で使用されているマイクロバブル発生装置の開発者であることも紹介させていただきました。 「じつは、かねてより、この温泉に入りたいと思っていました。 この温泉の評判がよく、あるマニアの方は、A県のA村の

さて、映画「日本沈没」のあるシーンに戻ることにしましょう。 それは、東京直下型地震が起きた直後の総理官邸において、山本総理と官房長官の会話のシーンです。 「総理、あの田所という学者のいうことは信用できません。総理は、本当に、この日本が沈没すると思ってい

日本列島が沈没する、これを明確に予知し、相当数の人々を救う、これは、田所博士が背負った重要な役割でした。 しかし、その役割を真に理解し、かれを支えた人々はわずかであり、その大部分は、「日本沈没」というありもしないことを大げさに言いふらして、気のふれた学

先日、富士吉田市にある「泉水」という温泉施設にいってきました。かねてより、この温泉入浴を希望していたのですが、なかなか行く機会がありませんでした。 また、この温泉のマイクロバブル入浴効果が抜群の評判であり、なかには、阿智村昼神温泉「湯ゆったりーな昼神」よ

「最悪の事態を想定しながら、それを回避するために最善を尽くす」、この言葉通りの対策がなされる必要がある、これが原発危機を迎えた今日の状況に最もふさわしいことのように思われます。 1号機から4号機のすべてにおいて、そのタービン室の地下に、約1m前後の水が溜まり

昨日のシンポジウムでは、かなり充実した討議を行うことができました。参加者数は比較的少なかったのですが、それが、討論の中身の充実で補われたというところでしょうか。 私の基調報告を含めて、合計6件の報告がなされ、それらが、2月の神戸での研究集会での報告をさらに

本日は、新幹線で豊橋に向かいました。いつもの7時45分発の「のぞみ」には寸前のことろで乗り遅れ、次の8時4分発の「こだま」で広島へ、そこで「のぞみ」に乗り換え、12時ごろに豊橋に到着しました。 その新幹線のなかでは、例によって、シンポジウムの2つの講演(基調講演

「原発危機」に関する第五の問題は、専門家としての科学者がメディアに登場し、その科学的見解を述べている問題です。 奇妙なことは、この原発問題に関して科学者のトップを集めての対応を協議している原子力安全委員会がつい最近まで、その見解を明らかにしなかったことで

「原発危機」における第四の問題は、その原子炉が近接して、しかも6機が集中して存在していることにあります。 このうち4機が、きわめて深刻な状況に陥り、次から次に新たな危機的事態を生み出してしまうことになりました。 これを同じような事故を起こしたアメリカのス

原発危機における第三の問題は、格納容器の設計圧力の問題です。先頃の報道によれば、問題の1号機の設計圧力値は、0.374メガパスカルとされています。 別の表現を用いれば、3.7気圧ともいうことができます。この格納容器の設計や研究を行ったG氏によれば、この圧力値は、

昨日の新聞だったでしょうか。被災地の厳しい環境の中で、新たに赤ん坊が生まれたという朗報がありました。 震災のことも、津波のことも知らずに、そして、いきなり、大変厳しい避難地で生まれたのですから、これから背負って行くものは少なくありません。 しかし、周囲

報道によれば、今回の津波で浸水した領域は、約470平方キロメートルだそうです。これは山手線の内側の領域の7から8倍に相当するのだそうで、いかに広大な領域かがわかります。 まさに、日本がそれだけ沈没したことが明らかです。 さて、今回の原発事故において、いくつか

地震、津波に続いて、「原発事故」が小さくない影響を日本列島に及ぼし始めています。 前二者は、私たちに、自然が生み出す「巨大なエネルギー」の「すさまじさ」を見せつけました。同時に、そのことは、これまでの対策や認識が、ほとんど不十分であったことも悟らせること

「世界中のブロードバンド、情報ネットワークが私たちの後ろに控えているということですよ」 「ということは、世界の海のどこに漂流しようとも、心配することはないということですか」 「そうですよ。その通りですよ。私たちは、一人ではないのです。孤立なんかしていな

昼前に東京で知人と面会し、その後、午後からの新幹線で帰るために東京駅に向かいました。 東京は明らかに、地震と原発事故の影響を受けたせいでしょうか、いつもとすっかり変わっていました。  まず、人の流れと生活が違います。面談した知人は、停電で電車が止まり、

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