本日は、瀬戸内市にある大窯において「火入れ式」が午前10時から挙行されます。

これに招待を受けましたが、仕事の都合で参加することができませんでした。

代わりに、M2さん、K1さんらが参加されています。

これから、約3か月半、この窯は24時間連続で炊かれ続けます。

わずか、6人のスタッフで、燃やし続けるのです。

500年ぶりの大窯復活です。

今日まで26年余の歳月を費やして準備がなされてきました。

おそらく、メディアもたくさん駆け付けてきて取材を行うようになっているのだと思います。

真に素晴らしい歴史的瞬間です。

窯口から火を投入し、それが85mの巨大なトンネル状の窯を伝わって上っていきます。

最初は煙が上っていきます。窯の湿気が集まって水滴になり、ぽとぽとと落ちていきます。

やがて乾いていくと、そこに火が昇っていきます。

登り龍が生まれた瞬間です。この龍は赤くなり、しばらくしてのたうち周ります。

温度が高くなればなるほど、炎の流れは乱流化し、のたうち周るのです。

その龍の下には、夥しい数の焼き物になる壺や皿が置かれています。

この作品が一つでも倒れると、それこそ将棋倒しのように、すべての作品群が倒れて壊れてしまいます。

窯の入り口近くには巨大な大甕(おおがめ)が100個以上、並べられています。この大甕がないと登り龍が上まで昇っていくことができません。

それは、抵抗を少なくしながら、しかし、乱れを大きくすることによって昇れるようにする先人が教えた知恵なのです。

やがて、この乱れ(登り龍の「うねり」)は、より小さな乱れへとエネルギーを受け渡していくのです。

これによって、大きな炎と小さな炎が混在し、そこに窯変の「最初の妙」が生まれるのです。

この妙は、小さな窯では生まれてきません。単に、温度を確保して焼くだけでは、この妙は少しも得られないのです。

大きな炎は、より小さな炎へ、そしてより小さな炎は、さらに小さな炎へと、その命である火のエネルギーを伝達していきます。

しかも、そのときに、大小さまざまな「うねり」を通じて、それを伝えていくのです。

この大きな「うねり」は、龍の胴体によって起こされます。

また、より小さい「うねり」は手足で、さらに小さい「うねり」は指や爪によって、そして吐く息によってもたらされるのです。

これを燃やし続けていくと、炎の温度は1000℃を超えるようになります。

ここまでが、ヒトと龍の最初の闘いです。
龍
葛飾北斎の龍

昼夜を分かたず、燃やし続けないと、この大窯の温度は1000℃には達しません。

薪は、乾燥してひび割れを起こさせた松の木が主力です。これは火力を徐々に上げながら長く燃やし続けるためのものです。

しかし、これだけでは火力を上げるのには限界があり、次に3mの長さに切った檜を板状にして、これを窯の側面にある約20か所から投入していきます。

この檜は燃えやすく、火力を増すことができます。

しかし、これでも火力は不十分です。

それは、85mの登り窯においては、どうしても温度が低くなる場所がピンポイントでできてしまいます。ここでは、檜の板でも通用しないので、さらに火力を引き出せる3mの竹を用います。

こうして3か月半、昼夜を分かたず燃やし続け、龍を生存させていくのです。

500年の時を経て生まれてきた登り龍よ、どこまでも長く、そして力強く昇り続けよ!

そして勢いよくのたうち周れ!

自らの炎を飛び散らしていけ!(つづく)。




葛飾北斎の龍