日本経済新聞の1月1日号に、本記事と同じテーマの記事を見つけることができました。

そこには、次のように書かれていました。

「IT(情報技術)は21世紀に暮らしを支える土台であり、経済を引っ張るエンジンである」

この前者については、その通りかと思いましたが、この「エンジン説」は、どうかなと思いました。

その理由は、いくつかあります。

第1は、先日久しぶりに上京して山手線に乗ったら、真に異様な光景に出くわし、ショックを受けたことにありました。

私の左右と前で、みな同じポーズでスマホを操っていて、その数が乗客の9割を占めていたからでした。

ーーー ここまで「スマホ中毒」が蔓延しているのか、と吃驚してしまいました。

そこで、このスマホのみなさんは何をしているのであろうか? ということが気になり、隣の方のそれに目を注いでみました。

そしたら、それはゲームでした。今度は反対側にも目をやると、これも同じでした。

ーーー そうか、みなゲームを行っていたのか。

そこで、電車に乗る度に、そのスマホの中身に目を向けると、そのほとんどが、そのゲームなるものをしていました。

ーーー これでは、ゲーム中毒ではないか。

疲れて電車に乗り、それを癒すためにゲームをしている、あちことでその姿を見つけ、これは異常だと思った次第でした。

これが、生活を支える土台の実態でした。ITは、このようなエンジンの役割を果たしていました。

第2は、このIT産業を支える電機・電子産業が国際的に競争力を失い、工場閉鎖、売上減をきたしていることにあります。

少なくない経済学者が指摘し、そのエンジンが無くなっているのもかかわらず、日経の記者は、なぜそこに目を向けないのでしょうか。真にふしぎなことです。

第3に、この電機・電子産業における分野の志願者が減少し続けていることです。工場閉鎖や大量のリストラの現状を見て、若者は、ここには将来がないと判断し始めたことです。

これまで、景気の良い流れの中にいましたので、一旦衰退しはじめると、耐性がないといいましょうか、備えがないので、これを食い止めることができずに、ずるずると後退を繰り返しているのです。

これを見て、若者も、きちんと判断するようになってきたのだと思います。

本当に、IT技術にこだわるのであれば、これらの現実を踏まえて、その取材がなされるべきですが、この記事には、そのような視点をどこにも見出すことができませんでした。

ここに現代科学技術観に関する「バーチャル的希薄さ」が存在しているように思います(つづく)。