佐藤浩先生の遺稿集「乱れ学」において、非常に重要なことが、下巻の最終章に示されていますので、最後に、その「427-4. 学問の新しい発展」を取り上げることにしましょう。

まず、その内容を簡単に紹介します。

1.過去の発展の反省
 
まず、過去の反省として、はっきりとした学問の分類が行われていなかったことが強調されています。

学問は知的活動の一つですので、「趣味的な学問」と「実益を重んじる学問の二つに区別される必要があると指摘されています。

前者は「理解する学問」、後者は「実利学問」とも表現されています。

2.学問の区別、趣味と実益

「趣味➡研究者が、自分が興味をもっといる課題に対して、自発的に研究を始めたもので、どこにも強制や命令はない」、自分の興味に赴くままに学問に取り組むこと、これが古くから行われてきました。

「実益➡人間の生活に役立つことが理解されて、その面の発展を補助するようになった」 

これは20世紀になって本格的な学問として成立してきました。

3.趣味学問

「子供の持つ、どうして、という疑問から発展した学問です。その典型が天文学です」とされ、この趣味が高等になって学問として成立するようになりました。

4.実利学問

「どうすれば、他人を出し抜いて金儲けができるか、それが実利学問の始りです」とされ、人間の欲の発現が実利学問の背景になっているとされています。その典型は特許であり、それを国家が保護するようになり、その学問が国の発展をもたらしました。

しかし、世の中が進んでくると、この趣味学問と実利学問の区別ができなくなっていきました。基礎研究と称して、莫大な政府の資金を使うようになりましたが、そのほとんどが役に立ったことはなく、「巨大な嘘」になっている現状があります。

趣味学問は、個人の自由の範囲で行うべきで、国費を使うべきではない、これが佐藤先生の見解です。莫大な政府予算を趣味学問に投ずるのではなく、津波防御等の実利に国費を投じよというのです。

実利研究においては、明確な目標を掲げ、その内容がいかに国民に役立つかを明らかにして行う必要があります。この国民のための研究を、どんなことがあってもやり遂げること、これが研究者の本懐です。

このように、佐藤先生は、「実利学問のすすめ」を示されていました。

この人々に役立つ学問には、国の経費をきちんと投入して成功の可能性を高めていくことが重要です。

私の経験に照らしても、人々に役立てるといいながら、ほとんど役に立たない学問や技術は、それこそ山のようにありました。

本当に人々の役立つ、すなわち国民のための科学や技術を学問として打ち立てるには、その現場での実践を積み重ねていく方法しかありません。

そうでないと、実験室や試験管のなかに閉じこもっていると自然に嘘やごまかしが生まれてきて、世間とは大きくかけはなれた、しかも単純化された世界で仕事をしてしまうようになります。

そして、その世界に慣れてくると、もはや、鋭く、大きな直観も不要になり、鈍く、小さな直感でも論文が書けるようになってしまいます。

これを積み重ねていくと論文書きの「博識」にはなれますが、それで現実や世の中を変えることは何もできなくなってしまいます。

佐藤先生は、このような現実に警鐘を乱打したのだと思います。

実利学問とは、単なる金儲けではなく、人々のために役立つ、すなわち国民のための学問であり、それをやり遂げることに本懐があることを強調されたのではないかと思います。

以上、14回にわたって、佐藤浩先生回顧(1800回記念)を認めることができました。

冒頭は、「鋭く、大きな直観」はどこから生まれてきたのか、そして、それがどのように発揮されていたのか、これらについての考察を深めてきました。

おかげで、より深く佐藤先生の世界に分け入り、その見聞を広めることができました。

佐藤先生、どうも、ありがとうございました。深く感謝申し上げます。

最後に、先の拙著論文「日本高専学会における佐藤浩先生の足跡」の末尾に示した次の一説で本記事を閉じることにします。

「自由闊達,大胆で細心,勇気に優れ,しかも悪や誤りに対しては徹底的に批判的精神を貫く姿は,真に人間味に溢れていた.これらが佐藤の魅力として自然に醸し出されていた.これらの原点は,あの広島の原爆心地で心に誓った「何くそ,負けてたまるか」と,自らの心に火を灯したことにあった.

遺された私たちは,この佐藤の「思いと足跡」を,しっかりと踏み越えて,その「乱流的」道中を続けていかなければならない.

院内石橋1
宇佐市院内にある石橋です。大正時代に村人総出で造られた橋です。