田所雄介博士は,「鋭く、大きな直観」を用いて、「日本沈没」という近未来における予測において優れた洞察を示しました。

佐藤先生において、これに匹敵する優れた洞察がなされた「お仕事」が、論文「新世紀の流体力学は何を目指すべきか」(日本流体力学会誌『ながれ』、2001年)に集約されています。

私が、これまでの6回の記事において、「鋭く、大きな直観」を田所博士と佐藤浩先生の「共通項」として、あえて述べてきた理由は、この論文の評価と価値のことを考えてきたからであり、ここにこそ、佐藤先生の真骨頂があると思ってきたからでした。

論文の題目にも示されているように、本論は、新世紀に突入して、その100年を展望して、何を目指すかについて、いわば時空間を貫く壮大なスケールで論じられています。

これを一読して、まず、目の前に浮かんできたのが、すでに紹介させていただいたヴェーゲナーの大陸移動説でした。

アメリカ大陸とアフリカ大陸は、同一の大陸であり、それらが分裂して大陸移動し、大西洋ができあがったという彼の主張は、同時の学会や社会にまったく受け入れられませんでした。

日本沈没の映画においては、小林桂樹さんが演じた田所雄介博士も、この大陸移動説を言及していましたので、その有名なシーンも、本ブログにおいて紹介させていただきました。 

「その誰からも信用されなかった
ヴェーゲナーの大陸移動説は、いまや、それを疑う人は誰もいない、そして、その正しさが実際に日々計測されるようになった

これが、田所の博士の説得力ある発言だったのです。

これと同じように、その慧眼が時空間と時代をはるかに超えた次元のものであると、その直後においては、だれも、それを理解しようとはせず、あるいは、理解できる能力を有していない場合もあり、このような扱いを受けることは珍しくありません。

画家のゴッホやセザンヌの場合も同様で、生前には、その絵画は、ほとんど売れていませんでした。

田所博士も、当時の学者からは異端児とされ、社会的にも「変人」としての扱いを受けていました。

その彼が、「日本沈没」を広く唱えはじめたので、まず敏感に反応したのが学者たちで、真に「気がおかしくなったのではないか」と、彼を徹底して攻撃しはじめたのでした。

これは、単なる小説の世界での出来事ではありません。

記憶に新しいところでは、福島原発の事故の際に、入れ替わり立ち代わりで登場してきた学者のなかにも、このような光景をよく見かけました。

しかし、その攻撃を、田所博士を面白おかしく報道したメディアを、一挙に押しつぶしたのが、東京直下型地震でした。これによって首都東京では約200万人が亡くなったのでした。

その被害が生々しく残った首相官邸で、当時の山本首相は、この田所博士の予測と見解に、心から感謝の弁を述べます。

「あなたのおかげで、200万人の犠牲者で済んだ。あなたの見識と発言がなければ、さらに数百万人の犠牲者が出ていたであろう!」

これが、『日本沈没』上巻末の「くだり」です。

そこで、佐藤論文の内容に、踏み込むことにしましょう。

本論は、「理解流体力学」と「実利流体力学」という独特の分類がなされ、それらの分野における本質的課題がやさしく解説されています。

この「やさしい解説」を行うことが、佐藤先生の重要な特徴であり、これが本質的理解に基づいて解説されることから、そのやさしさい内容を「ふかく考える」こと可能にし、そこに「おもしろさ」を覚えることができるようになるのです。

私の知るかぎり、この「やさしさ」、「ふかさ」、「おもしろさ」を兼ね備えた論陣を組み立てることができたのは、佐藤先生のほかにはいないのではないかと思います。

さて、佐藤先生は、本論の重要な結論の一つとして、飛行機を中心にした航空流体力学は成熟してしまったので、「速やかに方向転換すべきである」という大胆な見識を示されています。

その航空流体力学の大御所が、そのような結論を述べられたのですから、当時の関係者には小さくない波紋が広がりました。

しかし、その時から14年が経過した今から、そのことを俯瞰しますと、その波紋は一方通行で、どこまでも広がっていきましたが、それが反射して返ってくることはありませんでした。

そして、今や、その波紋は、ごく一部の方々の心のどこかに静かに澱んでいるだけといってもよい状況ではないでしょうか。

これは、ヴェーゲナー、田所雄介博士、ゴッホ、セザンヌの辿った道とよく似ているように思いますが、そう思うのは私だけでしょうか。

もしそうであれば、あの「鋭く、大きな直観は何であったのか?」ということにもなります。

果たして、そうだったのでしょうか?(つづく)。

kosumosu20141126
庭のコスモス