鞆の浦海岸に出てから、左手に曲がって、M邸に向かいました。
「先生、後ろの車の運転手の腕は確かですか?」
「大丈夫ですよ!」
一瞬おかしな質問だとは思いましたが、こう即答しておきました。この質問の意味が、海岸沿いの道を進むにしたがって、よく理解できるようになりました。
わずかに車の幅よりも広い道が、くねくねと曲がりながら続いていたからでした。
とくに、中ほどに、かなりの角度で曲がる部分もあり、初体験のものにとってはスリル満点の道でした。
Mさんは、毎日ここを通っているだけあって、なんなくすいすいと進み、この難所を過ぎていきましたが、後発の運転手が、さぞかし肝を冷やしたことでしょう。
やがて、その道の着きあたりがM宅でした。
この敷地は海岸線の防波堤と接しており、その下には鞆の浦の海があるという、絶好の場所に、M氏宅が建てられていました。
この家は、モダンな洋風のオープンスペース建築で、右手に暖炉、その奥が食卓、さらにその奥がキッチンでした。また、ロフト風の半二階が寝室のようで、左側には、和室もありました。
私が驚いたのは、その和室の左奥に、鯉の水槽があり、それこそ体長1mもある鯉がたくさん泳いでいました。この様は、家屋のなかに水槽があり、鯉と一緒に住んでいるといってもよいほどのものでした。
この家の中でのベストポジションは、リビングにある食卓であり、ここで、海を見ながら楽しくコーヒーをいただきました。
隣に座っっていた海好きのK1さんにとっては、ここはとても魅力的なところと感じられたようで、目つきまでトロンとなって、穏やかな顔つきになられていました。
「K1さん、今日は帰りたくないのではないですか?」
「そうなんです。ここで、ぜひ潜ってみたいですね!」
この元NHKのカメラマンは優れた水中ダイバーでもあり、おそらく、この海を前にして、潜ってみたいと、身体がうずうずしていたのだと思います。
「コーヒーを飲んだら、先生、私の別荘に案内いたします」
「別荘?」
ーーー そういえば、先ほどの危なっかしい道を車でいくときに、「別荘が見える」とかいっておられたが、こちらは、その道を無事通れるかを心配して、それどころではなかった。
しばらく、歩いて、その風変わりな別荘の入り口に到着しました。1階は物置になっていて、その天井を抜けると、梯子がいくつもあり、その行きついたところに部屋らしきものがありました。
しかし、そこには直接上がらず、その屋上の展望台に、まず昇りました。
そこからは、鞆の浦の絶景が眼下に広がっていました。晴れた日は、四国の石鎚山が見えるそうで、真にすばらしい光景でした。
ここでしばらく、その絶景を満喫し、帰り際に、その屋上からやや高いところにきれいな片面ガラス張りの、床は黒御影が敷き詰められたトイレがありました。
こんなところにモダンなトイレをつくる、ここにも家主の心遣いが現れていました。
そして居室へ、その南の壁はガラス張りで、しかもそれが移動できて、そのガラスの壁も取り払われるようになっていて、前には、ベランダもありました。側面は漆喰壁、天井も塗り壁でわらしべが顔をだしていました。
ここで、優雅にお茶菓子と茶をいただき、さらに、眼下の海を見ながら、さわやかな海風を受けながら、楽しい会話が繰り広げられました。
これを時間が止まるというのでしょうか、一同の談笑が途切れることはありませんでした。
「先生、ここで昼寝をしたら最高です」、こういわれ、私も、その昼寝をしたくなりました。
そして、ここにしばらく滞在し、まず懸案の原稿書きを終えたい。その後は、心おきなく、壮大なスケールの内容の新たな執筆に取り掛かりたい、こういう思いに引きこまれそうになりました(この稿おわり)。
この2日間、真に充実して、さわやかな旅でした。Mさん、ありがとうございました。
「先生、後ろの車の運転手の腕は確かですか?」
「大丈夫ですよ!」
一瞬おかしな質問だとは思いましたが、こう即答しておきました。この質問の意味が、海岸沿いの道を進むにしたがって、よく理解できるようになりました。
わずかに車の幅よりも広い道が、くねくねと曲がりながら続いていたからでした。
とくに、中ほどに、かなりの角度で曲がる部分もあり、初体験のものにとってはスリル満点の道でした。
Mさんは、毎日ここを通っているだけあって、なんなくすいすいと進み、この難所を過ぎていきましたが、後発の運転手が、さぞかし肝を冷やしたことでしょう。
やがて、その道の着きあたりがM宅でした。
この敷地は海岸線の防波堤と接しており、その下には鞆の浦の海があるという、絶好の場所に、M氏宅が建てられていました。
この家は、モダンな洋風のオープンスペース建築で、右手に暖炉、その奥が食卓、さらにその奥がキッチンでした。また、ロフト風の半二階が寝室のようで、左側には、和室もありました。
私が驚いたのは、その和室の左奥に、鯉の水槽があり、それこそ体長1mもある鯉がたくさん泳いでいました。この様は、家屋のなかに水槽があり、鯉と一緒に住んでいるといってもよいほどのものでした。
この家の中でのベストポジションは、リビングにある食卓であり、ここで、海を見ながら楽しくコーヒーをいただきました。
隣に座っっていた海好きのK1さんにとっては、ここはとても魅力的なところと感じられたようで、目つきまでトロンとなって、穏やかな顔つきになられていました。
「K1さん、今日は帰りたくないのではないですか?」
「そうなんです。ここで、ぜひ潜ってみたいですね!」
この元NHKのカメラマンは優れた水中ダイバーでもあり、おそらく、この海を前にして、潜ってみたいと、身体がうずうずしていたのだと思います。
「コーヒーを飲んだら、先生、私の別荘に案内いたします」
「別荘?」
ーーー そういえば、先ほどの危なっかしい道を車でいくときに、「別荘が見える」とかいっておられたが、こちらは、その道を無事通れるかを心配して、それどころではなかった。
しばらく、歩いて、その風変わりな別荘の入り口に到着しました。1階は物置になっていて、その天井を抜けると、梯子がいくつもあり、その行きついたところに部屋らしきものがありました。
しかし、そこには直接上がらず、その屋上の展望台に、まず昇りました。
そこからは、鞆の浦の絶景が眼下に広がっていました。晴れた日は、四国の石鎚山が見えるそうで、真にすばらしい光景でした。
ここでしばらく、その絶景を満喫し、帰り際に、その屋上からやや高いところにきれいな片面ガラス張りの、床は黒御影が敷き詰められたトイレがありました。
こんなところにモダンなトイレをつくる、ここにも家主の心遣いが現れていました。
そして居室へ、その南の壁はガラス張りで、しかもそれが移動できて、そのガラスの壁も取り払われるようになっていて、前には、ベランダもありました。側面は漆喰壁、天井も塗り壁でわらしべが顔をだしていました。
ここで、優雅にお茶菓子と茶をいただき、さらに、眼下の海を見ながら、さわやかな海風を受けながら、楽しい会話が繰り広げられました。
これを時間が止まるというのでしょうか、一同の談笑が途切れることはありませんでした。
「先生、ここで昼寝をしたら最高です」、こういわれ、私も、その昼寝をしたくなりました。
そして、ここにしばらく滞在し、まず懸案の原稿書きを終えたい。その後は、心おきなく、壮大なスケールの内容の新たな執筆に取り掛かりたい、こういう思いに引きこまれそうになりました(この稿おわり)。
この2日間、真に充実して、さわやかな旅でした。Mさん、ありがとうございました。
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