森村誠一の小説において「日本の地中海」と例えられた国東半島に来て、8カ月が過ぎようとしています。

冬の季節になっても温かい太陽の陽射しと風が吹く、ここ国東市武蔵町の向陽台です。

昨年度は、東日本大震災支援プログラムを始めとしてたくさんの仕事が一挙にあり、その反動が、こちらに来て、これまた一挙に押し寄せてきました。

そのせいか、こちらの半年間は、その余韻がいくつもあり、落ち着いて生活や仕事をすることができませんでした。

おまけに、人生で初めての新居に棲むということまで加わったために、その生活には新鮮な刺激が加わることになりました。

そして、こちらでの生活の半年が過ぎた頃からでしょうか、なんとなく落ち着きが出てきて新生活の「よさ」を味わうことができるようになりました。

その第一は、暮らしやすいことです。

温暖な気候、降り注ぐ強い太陽の光、そして、ここちよい風、きれいな空気、鳥や虫の声、さらには、人の声すらしないことが幾重にも自然のなかにいることを自覚させ、何ともいえない安らぎを与えてくれます。

およそ1800年前、この辺りには、主として宇佐神宮から派遣された修行僧がいました。かれらは、当時の日本にとってはエリート中のエリートであり、その優秀なかれらが修業に励んだところです。

裏山には、その修業寺の一つである小城観音寺があり、両子寺も車で20分のところにあります。

山に分け入り修業を行い、食物を仕入れに人里に下りてきて食物を手に入れる、そして人々と交流すること、これらが若きエリートたちの日常であったのだと思います。

そのことに想いを寄せると、私も、自らの修業をするために、ここに来たのではないか、そのように思うことがあります。

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裏の小城山、筆者撮影。

この8カ月を振り返っても、前任地では、ただ忙しく動いていただけで、少しも落ち着いて仕事ができなかったような気がしています。

じっくりと、この地に根を張って生活を再建する、これがまず問われた課題でした。

幸いにも、この地は、地方においても、都会とは隔絶された場所にありますから、それだけ、近代文明からは離れて隔絶しています。

しかし、そのことがかえって好都合なのです。東京、大阪へは、車で4分のところにある空港からすぐに飛び立てます。

しかも、格安料金制度を使えば、新幹線よりもはるかに安く切符を買うことができます。

それから、インターネットの社会ですから、ほしいものは、これを通じて短時間に格安で、しかも自宅まで届けていただけます。

本日も、好物のセイロン紅茶が届きましたが、これを都会で探して購入しようと思っても1日仕事の買い物になってしまいます。

それから、生活物資が非常に豊かで格安です。都会と隔絶しているために、ここで、それなりに安定した経済構造と地域社会が形成されています。

しかも、格安の生活物価を基本にして、さらに3割引き、半額セールがなされているのが実態です。

たとえば、魚を取り上げてみましょう。東京での販売価格を1としますと、大分市や別府市、さらには山口県周南市などにおいては、その0.8~0.9倍程度の値段です。

コンビニはおそらく全国共通の値段だと思いますので、それを想像するとよいでしょう。

これに対し、地元のスーパーでの価格は、0.5倍程度でしょう。ところが、港のセリに行って直接買うと、その半額、すなわち、東京価格の0.25倍ということになります。

しかも、新鮮でほとんど生きていた魚ばかりが、その値段で手に入ります。

さすがに、ここまで来ますと、豊かさとは何か、その新鮮な魚を食べての健康とは何かを考えざるを得なくなります。

しかも、魚だけが安いのではなく、他の肉や果物、さらには野菜も同じように新鮮で安い、これで安定しているのです。

そして、四季の移り変わりとともに、いわゆる旬の野菜や果物がどっと店頭に並びます。

これを見て、季節を感じるといっても過言ではありません。

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先日、スーパーの店頭に並んだ地元産のシイタケです。大きくて新鮮、箱に付いた値札にもご注目ください。すでに、2本は食べていますので、これには写っていません。

つづく