「先生は、幼少のころから、なんでもおもしろい競争といいますか、ゲームにしてしまう特質があったのですね。その背中の物差しで打たれた跡の話、おもしろいですね」 

 「母にしてみれば、それだけ真剣だったのだと思います。なんだか、今でも、その打たれた跡が背中に残っているような気分ですね。ありがたい母の教えといえます」

 「遊びたいために、急いで宿題を済ます、あわよくば、母の目を盗んで、その宿題をすり抜ける、その知恵を絞るところも、ゆかいですね」

 「ありがとうございます。なにか、余計な話をしてしまいました。姉が元気になってとてもうれしそうだったので、つい、そんな話になってしまいました」 

 「いや、いや、私も、楽しく拝聴しました。久しぶりに聞いたよい話でした。近頃は、こんな話はあまりありませんね」

 楽しい会話を交わしたせいであろうか、しばし暑さを忘れていた二人であり、湖面からは、涼しい風が吹いてきていた。

 その湖面を見渡せば、見事にハスの花が咲き匂っていた。

 「そういえば、あのハスの胚芽をお風呂に入れておられるかと聞きましたが」

 「じつは、そうなんです。そのハスと、例の『小さな気泡』がよく合うのです」

 「やはりそうですか?」

 「昔、この国の王様は、ハスの葉に溜まった水滴を集めて、毎日お風呂に入られたそうですが、それは、ハスが水分を下から集めて上まで持っていったものなのですね。

 ですから、ハスの茎がフィルターとなり、そこを通過することによって水がを浄化され、そして葉の上に溜まったものだと思います」

 「そうですか、水分が葉の表面で凝縮したものではないのですね」 

 「そうだと思います。葉が元気だと、どんどん水が溜まってくるようです」

 「ハスの胚芽をお風呂に入れると体調がよくなると聞いて、それを試してみました。この国では、今でも、その胚芽をお風呂に入れられる方もおられるようです。

 それから、お茶にしてのまれる方も少なくないようです。少し苦いので、最初は苦く感じますが、これが慣れてくると何とも言えない味がしてきます。それにしても、ハスのお風呂はよいですね」

 「そうですか、そんなに、よいのですか?」

 「はい、最初は、そうでもないであろうと思っていたのですが、だんだん、試しているうちに、これはいいやと思うようになりました」

 「それで胚芽を求めるようになったのですか?」 

 「そうなんです。日本で、よい胚芽を探してみたのですが、これがどうもよくなくて、古いものばかりでした。ところが、この国には新鮮で良いものがあると聞きまして、それを取り寄せるようになりました。

 この趣味が高じて、とうとう、この胚芽が取れる国まで来てしまったというわけです」

 「それは、それは、珍しい話ですね。ほんとうにハスのせいで、この国まで来られてしまったのですか?」

 「そうです。ハスのために、この国にやってきました。おかげで私はすっかり元気になって、孫たちまで、この国に遊びにくるようになりました。 これも、ハスのおかげです」

 ほほ笑みをうかべた年配者の顔が、私の目の前で、徐々に消えていった。

 気がつくと、私は、風呂の中で、ここちよく居眠りをしていた。目の前の水のなかには、ハスの胚芽がたくさん浮かんでいた。

 「夢だったのか?」

 しかし、よい夢であった。

 それにしても、あの年配の方は、だれであったのであろうか?

 小さい気泡のここちよさのせいであろうか、風呂のなかの私には、再び睡魔が押し寄せようとしていた(この稿おわり

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