昨日は、少し長めの旅行の初日でした。久しぶりの「旅行」なので、「遠い世界に」を思わず口ずさむ気分になりました。

 いつもの気分とは違う、それが行動に現れるのですから、人間とは不思議なものです。まずは、新幹線の構内に行って、決まって買うのが、お茶と新聞、そして栄養ドリンク剤(アリナミンVV)ですが、今回は、それらを素通りしました。

 お茶も家内が入れてくれた麦茶で済ましました。さて、新幹線のなかで、存分に仕事ができるぞと思い、喜んだのですが、それがいつもと違うのです。

 「あれっ!いつもと違うようだ」と、何か重たい感じがして、気乗りがよくありません。

 「そうか、まだ、残ったままなのか?」

 じつは、この旅行を前にして、少々重たい仕事をしていました。それが完全に抜け切れてないといいましょうか、むしろその延長そのままで出かけることになったので、それを背負ったままといったほうがよい状態でした。

 私たちは、精神的といいましょうか、知的仕事をするこが本職ですので、それに没頭するということがあります。

 これは、どのようにして可能になるかといいますと、私の場合、家とか研究室にこもるという作業をしながら、徐々にそのような精神生活に入っていくことを常にしています。

 長い間、考え続けたこと、実験を行った結果をトータルで考え直すこと、小さくない仕事をする場合には、当然のことながら、そのような精神生活を何日も続けることになります。

 ところが、それはなかなか容易ではなく、すぐに集中力が切れてしまい、その時に俗世間のことが非常に気になるようになります。

 頭の中が、そのような思考を集中して継続するのに慣れていないせいで、やたら、テレビを見たくなるとか、本を読みたくなる、このように知的作業でも別の刺激を求めたくなります。

 しかし、そうやっていては、いつまでたっても、その本格的な作業に入れませんので、どこかで踏ん切りをつけて、再度、その精神世界に入っていく、これを繰り返していくのです。

 そういえば、学生時代に、先日紹介させていただいた1年後輩のM君が、「M君どうですか?」という問いに対して、畳の上でごろごろ転がっていたことを思い出しますが、かれも、どうしようかという精神状態がそのようにごろごろ転がることをさせていたのだと思います。

 私も、新幹線の中で、これと同じく、「ごろごろ状態」になり、愛用の黒いパソコンに向かっては止める、これを繰り返していました。

 1年、2年と長い年月をかけて、それこそ夢にまで出てきたことをまとめるのですから、そのようなある種の葛藤や逡巡が生まれることも自然なことなのです。

 このような時には、無理をせず、時間をかけて徐々に、その作業を前に進めるしかなく、少したつと、やや「いやなこと」がそうでもなくなり、さらに「前に進む」という具合になります。

 何事もスパッとカミソリで切るように仕事が進むとよいのですが、じつはそうはいかず、鉈のように、ぐさっとやらねばならないことがあります。

 この「ぐさっと」が、すこしスローになりますと、力を入れては引き、さらに、力をいれては切るということを何回も繰り返して、さいごにはすべて切ってしまう、このような過程をたどるのかもしれません。

 みなさんにとっては、「わけのわからない」ことをいっているように聞こえるかもしれませんが、これを繰り返しながら、目的地に着くまでには、なんとか、その仕事の「まとめ」をすることができました。

 ところで、今回は、広島駅で乗り換えましたので、その際に昼の弁当を買わせていただきました。いつもは、名物「アナゴ鮨」を買うのですが、これも久しぶりの旅のせいでしょうか、「おむすび弁当(840円)」というものをはじめて買わせていただきました。

 近年、広島では、「おむすび」を競い合っているようで、どのおむすびを買うかも、私にとっては楽しみであり、その気持ちがそうさせたのだと思います。

 さきほど述べたように、頭の中の葛藤が、私の食欲中枢を刺激したのでしょうか、昼までには相当時間があったのですが、それを買うとすぐに食べてみたくなりました。

 やはり頭を使うと、腹がすく、これは事実のようですね。さっそく、上述の葛藤の合間に、このおむすび弁当をいただきました。結果は、やはり美味しく、これはまた買おうと思うような弁当であるという評価ができあがることになりました。

  弁当を食べて、すこし安心し、さらに少しの間仮眠して、頭すっきりで、残りの仕上げを行うことができ、長い間の懸案をひとまず処理することができました。

  「遠い世界に」のフレーズではありませんが、こうして、この2、3年来、私の頭の中にあった「暗い霧」を「吹き飛ばした」ような気分になり、ほっとしました。

 これから、この「荷物」を背負って「赤い風船」に乗って「雲の上を歩く」ことができればよいなと、できもしないことを考えています。

 まずは、旅行の初日は、順調な滑り出しで、その仕事を終えてホテルに着いたのは夜でした(つづく)。

ふうせん