ある方のご推薦もあり、『大気を変える錬金術・ハーバー、ボッシュと化学の世界』、T.ヘイガー著(みすず書房)を楽しく読ませていただきました。

まず、読後の感想は、T. ヘイガーが、ハーバーとボッシュのことをよく調べて、歴史小説のように巧みに物語が書かれているなと思いました。

ともに二人はドイツ人であり、今から約100年前に活躍された人物です。また、その成果が国際的に認められ、ともにノーベル化学賞を受けられています。

しかし、ハーバーは化学を専攻する科学者、ボッシュはどちらかといえば化学物質を生産する技術者という違いがありました。

さて、この話は今から約100年前に遡ります。

まず、前者のフリッツ・ハーバーは、ドイツの片田舎にあったカールス・ルーエ大学の教授でした。

彼は典型的な仕事人間であり、ほかのことを差し置いても研究に打ち込むタイプでした。

しかも、それが度を過ぎると自らの胃を悪くして長く静養しなければ回復しないということを繰り返す人でもありました。

いわゆる、「身を削ってでも研究をする」というタイプだったのです。

それも、研究成果を上げて上京し、ドイツ中央政府と皇帝の膝元の大学の研究所(カイザー・ウィリヘルム研究所)で仕事をすることを夢見ていました。

ユダヤ人であってもドイツに忠誠を誓う、これが彼の人生の目標だったのです。

そんななか、ヨーロッパの覇権をめぐって、第1次世界大戦が起ころうとしていました。

このとき、この戦争を起こすかどうかで重要な検討がなされたのが、チリ硝石の問題でした。この石の粉を畑に巻くと野菜がよく育ち、肥料として用いる、これが当時の利用方法でした。

しかし、もう一つの利用法は、それから爆薬をつくることでした。

ドイツが戦争を起こすことは、このチリ硝石を手に入れることができなくなることであり、その替わりとして空気から、その爆薬の元をつくることができないか、これが問われることになりました。

ハーバーはユダヤ人でしたが、ドイツ皇帝に対する忠誠心が誰よりも厚く、その研究に進んで取り組みます。そして、それが理論的にも、実験的にも可能であることを明らかにします。

後者においては、小さな容器の中での実験でしたが、高圧下でアンモニアが生成されることを実験的に成功させたのです。

そこで、これを実用化するために、BASFという会社と契約を結びます。そのとき、この担当者に抜擢されたのが若きボッシュでした。

彼は機械いじりの好きな技術者であり、目的に沿って黙々と装置作りを行い、それを自ら達成させていくというタイプの人間でした。人と接するよりも機械いじりを選ぶ人間だったのです。

ここに、ハーバーとボッシュの協力体制ができあがりますが、これが後に、「ハーバー・ボッシュ法」と呼ばれることになります。

このとき、ハーバーはBASFという会社と特許契約を行い、それによってかなりの契約金を受け取ることができました。これは、彼の夢であったドイツ中央の研究所に移籍する足掛かりとなりました。

一方、ボッシュ側は、その戦争を想定した準備において、その段階から莫大な売り上げが可能であることを目標にして、この開発に取り組んだのでした。

しかし、この実用化実験は、当初はうまくいきませんでした。高温高圧下での実験でしたので、装置がすぐに破裂してしまうという事故が何度も発生していました。

そして、最大の懸案は、水素の問題でした。

周知のように、ハーバー・ボッシュ法とは、空気中の窒素と水素を高温高圧下で反応させ、アンモニアを生成するという化学合成法です。

この水素に関わっては、水素がすぐに容器の鉄と反応し、容器の材料を劣化させてしまい、そのために容器の強度がすぐに落ちてしまうことでした。

何度も人命を無くすほどの事故を起こしながら、ボッシュグループは、この解決法を必死で見出そうとします。

しかし、その方法はなかなか見いだせませんでした。

もちろん、それを理論的に指導したハーバーにおいても、それは同じことでした。

ボッシュにしてみれば、彼は、その理論と小さな容器において、その実験を成功させた人物に過ぎなかったのです。

ここが、この方法が成功するかどうかの分かれ目でしたが、ボッシュは、その解決方法を、それこそあれやこれやの試行錯誤の後にようやく見出すことができました。

これによって、ドイツ政府とドイツ軍は、爆薬の元になっていたチリ硝石をあてにしなくて済むようになったのでした。

同時に、このハーバーボッシュ法の確立は、当時のヨーロッパ(世界といってもよい)において、燦然と輝く「科学技術的優位性」を確立したことでもありました。

それには、ハーバーの「科学的ひらめき」とボッシュの「技術的ひらめき」の2つが寄与していたのでした。

こうして、二人の研究成果が戦争に影響を与え、さらには、その後のドイツと世界の動きに影響し、その二人も時代に翻弄されていくのでした(つづく)。

Ha-ba-

フリッツ・ハーバー(1918年にノーベル化学賞を受賞)