マンデラ大統領が追及したことは、国民の持てる力をいかに最高に引き出すか、という命題でした。

それまでの政権を引き継ぎ、アパルトヘイト(人種差別)を止め、民族の解放の仕事をいかに成し遂げるかを考えたときには、その命題を追求することが一番の方法だったのでした。

白人が経済や文化、さらには金融まで独占していた国でしたから、その白人たちのすべてを許して寛容になり、改革を推し進めることが重要でした。

「私たちが度量のあるところを見せようではないか」

このように、黒人のスポーツ関係者の集会で述べるくだりがありますが、この度量こそ求められていたものでした。

そのために、ラグビーワールドカップにおいてスプリングボックスが勝利していくことは、その度量を示し、国民の気持ちを一つにしていく最高のシンボルだったのです。

そこで、チームの主将であったフランソア・ピナールを呼んで、その国家の意思をそれとなく伝えたのでした。

このピナールの意識変化が、彼らラグビーチームの選手一人一人に伝わり、なんのために彼らが闘っているかを自覚し始めたときに、かつての弱いチームが変身していきました。

ボッカスは、初戦のオーストラリア戦に続いて、次々と強豪チームと対戦しながら勝ち抜いていきます。

そして最後には、ニュージランドのオールブラックスと決勝戦を戦うまでになります。

とうとう彼らは、「invictus(負けざる者たち)」になっていたのでした。

そこで、マンデラ大統領の最後の「ひらめき」は、スプリングボッカスのユニフォームを着て、その決勝戦に臨むことでした。

しかも、背番号は、ピナールと同じ6番であり、これには、多くの国民が驚き、拍手大喝さいを浴びせたのでした。

この思いは、もちろんピナールほか選手の全員に伝わり、彼らが国家のシンボルになった瞬間でもありました。

唄えなかった国家を全員が唄えるようになり、国家の意思、ずなわちマンデラ大統領の意思に支えられて闘い始めたのでした。

そして、試合は、ニュージランドの最強の選手を全員で封じ込め、延長戦の末に勝利します。

その逆転は、終了間際のあざやかなゴールキックでした。

一人一人が何のために闘うかも理解せず、バラバラだったチームが、ひとつにまとまり、最高の力を発揮させることを可能にしたのは、マンデラ大統領の「ひらめき」であり、それを理解していったピナールの変身でした。

かれらは、国家と国民のために闘うということに理解を深めたからこそ、「負けざる者」になりえたのでした。

さて、この「ひらめき」は、N大学長のN先生の「intuition(直観)」、そして田所雄介博士の「鋭く、大きな直観」などに通じるものとして、ここに重要な普遍性があるような気がして注目させていただきました。

その「負けざる者たち」のテーマは、映画の最後において、再び、語られます。

「私は、私の運命の支配者であり、私の魂の指揮官である」

そのバックには、ホルストのジュピターの曲が流れていました(この稿おわり)

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