文芸春秋の「新年特別号」の特別企画として数々の「弔辞」が「劇的な人生に鮮やかな言葉」として掲載されています。

この世の中で活躍されてきた方々に対する真剣な「贈る言葉」ですから、それ自体が貴重で意味のあるものであるということは認めます。

それゆえに、私も、この企画の広告を見て、すぐにセブンイレブンに行って、この本がないかと探したら、この予見が的中し、「しめしめ」と思いました。

この本をコンビニで買えるのですから、ここまで便利になったかと感心しましたが、これでは本屋さんは大変だと逆に心配心も抱いてしまいました。

なにせ、どうしても読んでみたいという弔辞が2、3ありましたので、とにかく最短距離でこの本を買う方法を考え、コンビニで、それを実現させたというわけです。

それ以来、この本は私が家で仕事をする机の上にいつもあります。

この状態だと、好きな時に、この本を手に取り読むことができますので、この状態は、私にとって2番目によい状態と位置付けられています。

「えぇ!2番目とは、どういうことですか?」

こう尋ねられそうですが、じつは、そうなのです。こうなると、その1番目はどこになるのか、これが気になるところですね。

通常は、自分の仕事をする机の上が一番時間を費やすところですので、そこでちょっと手を休めて、読書する、これが「フツーの方々」の行動パターンといえます。

しかし、私は、それと違う、いわば異次元の読書空間を有しているのです。

最近は、かつての2つの新聞を持ち込むことが少なくなり、これぞと思う作家の小説を持ち込むパターンにすっかり変わってしまいました。

その異次元の世界とは、いわずとしれた「マイクロバブル風呂」のことです。

ここで、マイクロバブルの「ここちよさ」を自覚しながら、これぞと思う小説や物語を読み続けるのです。

「いい湯だね! そして、いい小説だね!そして、この黄金コンビが最高だ!」

このような気持ちが毎回湧いてくるのですから、庶民の贅沢といえます。

読書法は、人それぞれで異なって当然ですが、私の場合、一人の、これぞと思う作家を追いかけて読み続ける場合が多く、その作家のことが、この特別企画の「弔辞」にも掲載されていました。

この作家は、今年の6月に亡くなりました。真に残念なことでした。生前においては、まことに多彩なお仕事をなされていましたので、その都度注目させていただき、たくさんのことを教えていただきました。

しかし、その彼の作品を本格的に読んだことがなく、その大切なところに理解が及んでいなかったことを心から恥じている、これが現時点の反省です。

彼の名言である、「むずかしいことをやさしく、やさいしいことをふかく・・・・・」という言葉を知り、この言葉の持つ意味を考えるごとに、その「言葉の力」の「すごさ、すばらしさ」を理解できるようになりました。

しかし、その私の理解は中途半端で、しかも浅いものであったことが判明し、それを深く反省するようになりました。

なぜなら、この言葉の作者が、なぜ、このような名言を考えるに至ったかを考究せずに、その言葉を取り扱ってしまった「浅薄さ」を理解したからでした(つづく)。

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