私が注目させていただいた「弔辞」のひとつに、大江健三郎さんの亡き井上ひさしに対して「ひさしさんのメモを机の前に置いて、『晩年の仕事』を準備します」がありました。

大江さんは、ほぼ同じ世代の作家ということもあったからでしょうか、井上さんに対して次の「遺恨の思い」があったそうです。

「小説家井上ひさしは、壮年期の大きい傑作『吉里吉里人』に匹敵する長編を書くことはもう、断念したのか、と・・・・・・その思いの名残もあって、井上さんの死に打ちのめされている私のところに、500ページに及ぶ新作、『一週間』のゲラが届きました。

それは井上ひさし晩年の傑作でした。かれの舞台でなじみのドンデン返しの、最大規模のものを見せつけられる気分でした」

どうやら、大江さんは、この長編小説の存在をお知りにならなかったのかもしれません。

私も、遺作とは知らずに、この本をアマゾンで注文し、読み始めようかと思っているところで、この大江さんの弔辞で、それが『吉里吉里人』に匹敵する傑作であることを知ることになり、ますます、その読書意欲が駆り立てられることになりました。

時は第二次世界大戦で日本が敗戦した直後、場所は、シベリアの日本人収容所、その主人公の名前は「小松修吉」というものでした。

この場合、「小松」は、井上さんの出身の村の名前であり、「修吉」は、かれの父の名前と同じですので、それだけかれの特別の思いが込められていたのだと思います。

大江さんは、この主人公修吉について、次のように評されています。

「知恵と不屈の実行力みよる、極東赤軍160万人を相手にしての、たったひとりの闘いは、まさに井上ひさし流の奇想を武器としています」

そして、この小説を、「奇策縦横で、リアリティも笑いも言葉のたくみもあふれたエンターテイメント」の魅力あふれるものとして紹介されています。

ここで、この小説を通して大江さんが心打たれたのは、「大芝居を打つ修吉の働きぶりと胸の内に、井上ひさし晩年の人間観が、深く表現されていた」ことでした。

この「晩年の人間観」が、大江さんの心を打った理由のもう一つは、大江さんの作品に寄せられた井上さんのメモにありました。

このメモは、井上さんの死後に大江さんに届けられたものでしたが、それには、井上さん流の本質を見抜いた一言が示されていました。

この言葉があったからでしょうか、大江さんにとっては、その修吉の人間観を鋭く、大きく直観できたのではないかと思われます。

その大江さんが、これから自らの晩年を全うするために、そのメモを机の前において仕事をすることを決めたというのですから、それが、いかにすばらしいメモであったかは想像に難くありません。

その意味で、日本人捕虜60万人のために闘った修吉の人間観と重なり合う、このメモの内容は同じ本質を見抜いたものだったようです。

このような次元で、お二人の巨匠は交流していたようで、その一端に触れたことは、私にとってとても貴重な刺激なりました。

そこで、『一週間』を一週間以内に読み終え、「修吉よ、よくぞ頑張った」と思いながら、この余勢をかって、次の井上作品を読んでみようと思い始めています。

これから、両巨匠の刺激が、どのようにして何をもたらしてくれるのか、この年の瀬から、より深く考えてみようと思っています。

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