本日は2010 年の大晦日です。みなさまにおかれましては、さぞかしいろいろなことがおありの1年だったのではないでしょうか。

リーマンショック以来、ますます深刻度を深める世界と日本の経済、ますます混迷の度を深めている政治、世界にリードされつつある技術、内向きが目立つ科学や教育の世界、これらが積み重なっています。

これでは、いくら元気を出そうと思っていても、自然に元気もなくなってしまう、このような状況にいくつも出会うことになりました。

しかし、こうして大晦日を迎え、明日は正月になるのですから、いくら寒空とはいえ、「これでよし」、「仕方がない」というわけにはいきません。

先日、「この人が遺した言葉」という放送がなされていました。この番組の最後に登場したのが、最近読み始めた作家の方でした。

かれは、人は信頼できる存在だといい、どんなことがあっても希望を見出すことができるから、信頼できるのだということを強調されていました。

そして、次のようにも続けられていました。

「苦しみとか悲しみとか、恐怖とか不安というのは、人間がそもそも生まれて持っているものなのです。

ところがね、笑いはないんです。人間が持っている悲しみを、その瞬間だけでも笑って忘れる、これが精いっぱいの抵抗だと思うんです」

この「笑いのユートピア」、これをどのように「希望」として実現するか、これから、この1000回記念して、本テーマの「笑い」と「希望」を大切にしていきたいと思います。

ところで、「笑い」と「希望」といえば、マイクロバブルにおいても、このようなユートピアを感じる瞬間がいくつもありました。

マイクロバブルの場合は、単に精神的な側面のみならず、身体的な作用もあり、これが精神にも及ぶということも可能にしますので、それこそ「笑い」が生まれやすく、「希望」を持ちやすいのではないかと思います。

となると、この作家が求めたものと、マイクロバブルが生み出すものは、どこかで似たようなものがあるのではないか、その思いがますます強くなっているような気がしています。

そこで、この1000回を祈念し、その「笑いと希望の構造」について、私なりに考察を試みさせていただきます。

それでは、みなさま、よい大晦日をお過ごしください(つづく)。

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01 アヴェマリア:カッチーニ