昨年の夏に、C先生にお会いした時に、「えっ!」とわが耳を疑うようなことを聞きました。

「つい最近、30年間考えてきたことが明らかになった。解決した」

路上で歩きながら、ぽろりといわれました。今度は、15年ではなく30年ですから、文字通りの「年季」が入っている話です。

30年前といえば、おそらく、30歳代後半の年齢に相当すると思われますので、研究者としてこれから自立に向かう時期のころであり、それ以来、温め続けてきたテーマであるといえそうです。

この生涯を貫くようなテーマにおいて、新たな光明が得られたというのですから、これは普通ではありません。

さて、このクラスの話として、片岡仁左衛門扮する著名な陶芸家のE(映画「男はつらいよ」・あじさいの恋)に登場していただきましょう。

京都の葵祭にやってきた寅は、橋のたもとで、下駄の緒を切らして困っている陶芸家を素早く助けてあげます。

この陶芸家と道端でお茶を飲み、世間話をしたときに、職業は何かと尋ねます。

「焼きもの師や!」

寅は、自分が持っている素焼きの安物の茶碗を見ながら、こういいました。

「こんな湯のみとか茶碗を作っているの?」

「いやっ、ちょっと違う。それが、なかなかいいものができまへんのや!」

ここで、寅がいきなり大きな声を出しました。しかも、変に納得しながらのことでした。

「えらい!、うちの団子屋の年寄りとは向上心がちがう!」

誉められた陶芸家自身が困惑するほどでしたが、ここで、この陶芸家は寅さんのことを気に入ったようで、「ビールを飲みに行こう」と、高級の茶屋に誘われてしまいます。

ここで、すっかり酔いがまわった陶芸家から、本音が語られます。

「土が土の中から、取り出してくれ、取り出してくれと、いうんや!この気持ちがわかるようにならんといかん!」

この陶芸家の弟子Fや寅さんには理解できない境地といえますが、案の定、このとき寅さんは酔いつぶれて、この作家の本音など知る由もありませんでした。

何十年と打ち込んでやっていると、土が生きているように感じ、その声を聞くことができる、これは、学問においても同じようなことがいえるのではないでしょうか。

複雑な学問体系のなかから親しげな声が聞こえてくる、何度も同じような夢を見る、隠れては見え、そして見えては隠れる姿を、「もう間違いはない」、「疑うにも、疑いようがない。これが真実ではないか」、このように思えてくるはずです。

「そして、ここまで来たのか。道のりは長かった。しかし、あっという間の30年だった」

こうも感慨するはずです。

しかし、この時空を乗り越えた30年、その成果には、鋭く、大きな直観の結果として生まれたものであり、これには小さくない輝きと普遍性が宿っているような気がします。

この30年をめぐる輝きこそ、希望をもたらす到達点を示しているように思われます(つづく)。

MR900071023