昼前に東京で知人と面会し、その後、午後からの新幹線で帰るために東京駅に向かいました。

東京は明らかに、地震と原発事故の影響を受けたせいでしょうか、いつもとすっかり変わっていました。

 まず、人の流れと生活が違います。面談した知人は、停電で電車が止まり、約6時間歩いて帰宅したそうです。

それから、コンビニでは、いつもあふれるようにある品物がほとんどありません。

聞くところによれば、オイルショックのときのように、「トイレットペーパー」や「お米」、「おむつ」までもがなくなっているようでした。

いつもは客で行列ができているレストラン街も、ガラガラで人がいませんでした。

このいつもと違う東京になっていることに戸惑いながら、地震と原発事故の影響が、このようにして現れるのかと思いました。

さて、異変のなかの東京から、地震の再発を心配しながらでしたが、とにかく、無事に新幹線に乗り込もうと、新宿から電車に乗ろうとして、カバンの中の予め買っていた切符を探しましたがが、それがいくら探しても見つかりませんでした。

これを無くしたとなると大変なことになると思い,落ち着いて探そうとしましたが、気持ちは焦る方向に流れていって、どんなに探しても、その切符が入った赤い紙のケースが見当たりません。

 それで、とうとう諦めて、とにかく東京駅までいくことを思いつきました。帰りの切符がないので、とりあえず、東京駅までの切符を買ったのが結果的によい選択となりました。

そして、次の選択がよかったのです。それは、いつもの中央線ではなく、渋谷周りの山手線を選んだことでした。

この電車に乗りながら、切符を無くしたとするとどこであろうか、これを考えました。一番の可能性は、宿泊したホテルであり、そのホテルだったら、渋谷の先の品川にある、ここだったら歩いて尋ねることもできる、そう思って、少し元気になり、このホテルに向かいました。

チェックインが始まる時刻より前のことでしたから、フロントには人がおらず、受付嬢が一人暇そうに待っていました。

「1036号に宿泊したものですが、忘れ物の切符の取得はないでしょうか?」

こう尋ねると、すぐに探していただきましたが、これがないという返事でした。そうか、やはり、ここではなかったかと、また諦めて、東京駅に向かおうとして、気を取り直しました。

「まだ、時間はある。最後にもう一度探してみよう。たしか、このフロントの前のイスに座って、切符をいれた袋を取りだしたはずだ。ここまでは覚えているので、その椅子に座って、もう一回カバンの中を探してみよう」

あれほど探したのだから、もうないであろう。半分以上あきらめて、ゆっくりカバンの中のものを取り出し、机の上に置きながら探索を始めました。

ところが、どうでしょう。あれほど探して見つからなかった切符が、今度は、きちんとカバンのなかから見えてきたではありませんか。

あれほど探したのに、どうして見つからなかったのかと思いましたが、その理由がわかりました。

それは、ホテルにあった何枚かの便箋の間に挟まれ隠れて存在していたのです。

「なるほど、これではどんなに探しても見つからなかったはずだ!」

やれ、やれと思いながら品川駅に向かいました。

「本日は予定通り、動いていますか?」

「1、2分の遅れを生じることはありますが、正常に動いています」

これで一安心、出発までの時間が少しあったので、ブログの記事を書き始めました。すると、隣のイスに座ったある男性が次のように電話していました。

「今日は、新幹線の自由席が異常に込んでいる、とても座れる状況にはない。地震と原発事故で、南への人口移動がおきているのではないか」

かれは、こういいながら、私が乗る新幹線よりもひとつ前の広島行き「のぞみ」に乗って行きました。

帰りに、広島駅で今朝の新聞を購入しました。その見出しには、次のように書かれていました。

「3号機から白煙」、「死者 不明者 戦後最悪」