原発危機における第三の問題は、格納容器の設計圧力の問題です。先頃の報道によれば、問題の1号機の設計圧力値は、0.374メガパスカルとされています。

別の表現を用いれば、3.7気圧ともいうことができます。この格納容器の設計や研究を行ったG氏によれば、この圧力値は、それを超えてはならないという数値だそうで、そのことは常識的にいって当たり前のことといえます。

超えてはならない圧力値ですから、設計基準として設定されている、これが技術上の常識なのです。

これに対して、つい最近も、その圧力値が0.34メガパスカルになったから、「ベント」という溶融炉内のガス抜きを行うという報告がなされていました。

しかし、このベントは実施されず、ポンプ流量を減少させることで圧力が屋か下がり、ひとまず事なきを得たようですが、いまだ油断はできない状態といえます。

さて、この格納容器の圧力値は事故当初にも報じられていました。その値は、たしか約0.8メガパスカルだったと思います。

これは、設計圧力値よりも、二倍以上の圧力を示していて、これだと、いつ壊れてもよいという状態であると、その危機的状況が指摘されていました。

おそらく、うっかりしてといいましょうか、その危機的認識の欠如のせいで、それを発表してしまったのだと思いますが、ここにも危機的要素があると思われます。

また、その後は、このようなとんでもない数値を明らかにすることはなくなりましたので、そのことからも、この発表の異常さをうかがい知ることができました。

さて、この圧力の上昇は、設計基準の二倍以上を示していました。それは、いつでも格納容器が破裂しかねない値でしたので、その事情を知る設計者たちには、とんでもない恐ろしいことでした。

同時に、この開示は、その発表の当事者たちにおいて、設計基準とは何か、さらに、それを2倍以上も上回ることがどういう事態を招くかを理解できない、それらをみごとに証明していたことになりました。

危機的状況を、本当に危機として認識できるかどうか、それが問われた問題となりました。

物事の真実の本質は細部に宿る、ということだそうですが、同じように、危機の本質は内部に宿るともいえそうです(つづく)。