「どうしたら、あの巨大なエネルギーを持った津波に立ち向かえるのか? あなた方は、津波が襲ってきたら逃げるだけの人になるのではなく、それに立ち向かう専門の技術者になるのですよ。さて、あなたは、この問題をどう考えますか?」

こういうと、言われた側の方々は、いつもと違って大変神妙な顔つきになり、真剣なまなざしで聞き始めました。

「そうか、この教材は彼らにとって最高のものになるかもしれない」

こう思いながら、今回の地震と津波に関する基礎知識について、10の質問を行い、その解答をしていただきました。

その結果を彼らに採点してもらいましたが、結構、それなりに関心をもっていたようで、その基礎知識については、それなりの正解を得ていました。

そこで、この問題の最後に、あのような津波が来たら、あなたはどうするか、どう対抗するか、こう尋ねました。

この解答には、ほとんどまともなものがなく、せいぜい、「防波堤をつくる」程度のもので、なかには「飲む」、「海の上に住む」というものまでありました。

この解答状況から、彼らは、「どう津波に立ち向かうか、どうするか?」を、ほとんど考えていない、考えが及んでいないことが明らかになりました。

無理もありません。彼ら以外でも、そのようなことを考えたことがない方ばかりだと思いますので、彼らは、圧倒的多数の方々の思考状況を反映していたのです。

そこで、この状況を理解したら、今度は、彼らに、私が攻め込む番だと思い、次のように迫りました。

「あなた方は、専門家になるのですから、このようなお手上げ状態ではいけません。これから真剣に考えてください。二人一組になって考えましょう」

こういうと、意外と素直に私の提案を受け入れ、ともに考え始めたではないですか。この反応が、彼らの優れたところであり、おもしろいところです。

もちろん、私も、将来のあなた方と同じ専門家の一人ですから、あの壮絶な津波の襲来の後で、どう立ち向かうか、どうするかを真剣に考え、さらに考え続けました。

最初は、あまりにもスケールの大きい問題なので、どう考えたらよいか、その糸口すら解りませんでした。

しかし、ここで留まるわけにはいかず、そして、あの小説『日本沈没』に出てくる田所雄介博士の「鋭く、大きな直観」の言葉を思い出し、粘りながら考え続けました。

「私も一生懸命に考えましたので、あなた方も考えられるはずです。さあ、しっかりと考えてください。その考えで、津波に立ち向かってください」

こういうと、彼らは、自分だけが考えるのではないという認識を深めたのでしょうか、二人一組のチームになって賑やかに議論を開始しました。

しかし、すぐにはよいアイデアが浮かんでくる訳ではありません。また、私が考えたアイデアをすぐに明らかにしてしまえば、彼らの思考はそれとともに、止まってしまいます。

そこで、やんわりと彼らのアイデアを批判しながら、少しのヒントを与えていくのです。ここが、微妙な教育実践法の問題になるのですが、最初は、よいアイデアが出てくるまでは、彼らのアイデアが、なぜ駄目かを、否定し続けます。

「これはだめ、あれはだめだ」と言い続けて、アイデアの発達を促します。この過程が非常に重要なのですが、それに行き詰ると、他のアイデアやヒントに引きづられていきます。

最初の頃の彼らのアイデアは、上記の田所博士の言葉とは反対に、「鈍くて、小さな思いつき」でしかないのです。これを、鋭く、大きくしていくために、少しのヒントを与えながら、そして賑やかに議論しながら、アイデアを洗練させていくのです。

この過程を大切にしたことから、結局、すばらしいアイデアが出てくるまでにはならず、次の時間に持ち越すことになりました。

考えてみれば、専門家からでさえ、そのようなアイデアが簡単に出てくる訳ではありませんので、初戦において彼らが敗退を余儀なくされることは当たり前のことでした(つづく)。

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