今度の地震に伴って、最近の報道によれば、陸前高田市における海岸部においては、約84cmの陸地陥没があったようです。そのため、以前の陸地が潮の干満によって一日2回見え隠れしているようです。

これは、日本海溝でもぐりこむプレートが日本列島を押していたのが外れ、そのために、日本列島側が太平洋に伸び始めたことで陥没したと説明されています。

これは、東北地方の東海岸部が広大な領域において、その陸地が「沈没」したことを意味します。

これに加えて、壮絶な津波が襲来し、多くの方々の命と生活を奪って行きました。同時に、絶対的な「安全神話」のシンボルであった「原発」が、事故を起こし、その危機が生まれ、今なお油断ができない状況を呈するようになりました。

この時点で、「日本沈没」は単なる陸地の沈没に留まらず、その「安全神話」から、「原発管理」、さらには「原発政策」が「沈没しかねない」問題が、その国内外において指摘されるようになりました。

たとえば、今回の原発による放射能汚染による農作物の被害は8000億円、それを含めた原発被害の総額は10兆円以上とも試算されるようになりました。

原発による発電は安いと盛んに宣伝されてきましたが、これらを含めるときわめて高い発電になることをみなさんがよく理解するようになりました。

また、数々の原子力関係の学者や技術者も専門家としてメディアに登場し、その大半においては、その過少評価を基調とした解説のために、その評価や予測よりも現実の事故の方がはるかに進行してしまうことで、その「誤り」や「浅薄」さをただちに露呈することになってしまいました。

そこで、この記事のタイトルにもあるように、今回の地震と津波の問題が起きた時に、その様相は、小説『日本沈没』によく似ていると思い、それとの対比を踏まえて、その問題を論じてきました。

さて、その日本沈没の話に戻りましょう。上巻の終わりには、田所雄介博士による「日本沈没」の予見が明確になり、それと同時に首都直下型の大地震が起こり、首都は壊滅的な打撃を受けます。

この時点で、日本沈没を予知し、その状況予測を行うという「D-1」計画は終了し、日本からいかに脱出するかの「D-2」計画が開始されます。

この時点で、田所雄介博士の役割は終わってしまいます。このとき、政府が最も困った問題は、いかにして日本が沈没するという事実を国民にしっかりと知らせるかの問題でした。

なにせ、首都直下の大地震が起きても、それで、地震はしばらく起こらない、ましてや、日本沈没など起こるはずもない、このように強弁する専門家や学者ばかりがあふれていたからです。

これとは、やや異なる構図ですが、いかに正しい情報を開示し続けるか、これが国内外に対してますます重要な問題になっています。

上述の『日本沈没』においては、文字通り、日本が沈没すという「事実」をいかに伝えるかという問題でした。

今回の原発危機においては、その最も重要な問題に関する重要な情報よりも、その末端における枝葉末節に関する情報のみが、しかも遅れて開示されているようであり、そのことについて、国内外から小さくない批判が生まれているようです。

しかし、いくら断片的で枝葉末節といえども、それらを通して見えてくるものもあり、その重要な本質について考えることが重要であるように思われます(つづく)。

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