今年のバレンタインの日に、「今生まれたよ!」という元気な声が届きました。それから約1カ月して、その緑子の主人公に会いに行く機会に恵まれました。

そのころは、原発が次々に水素爆発を起こし、膨大な量の放射線が大気にばらまかれたころでした。

その頃の東京は、夜になるとレストランはどこもガラガラで、コンビニでは、商品の諸々が売り切れて何も残っていませんでした。

この夜から朝にかけて、少々都内を動きまわったせいでしょうか、急に体調がおかしくなり、どうしたのかと思っていましたが、その日は放射物質の飛散が最も多く、それが東京にも及んでいたことを後で知りました。

おそらく、その影響は微々たるものにすぎなかったと思われますが、なにか、いつもと異なる印象を覚え、それに精神的な効果が加わったのかもしれないと思いました。

目に見えない放射能、それがわずかであっても、人によっては大きく影響する可能性がある、これが今日の科学の到達点であり、そのことを、なぜ、メディアに出てくる科学者が言わないのか、まことに不思議な光景が続いています。

これに関連して、わが国を代表する大学のK教授が「内閣参与」という職を自ら辞すということが起こりました。

それは、政府が決めた年間放射能許容量の上限を20mmシーベルトと決めたことについて、それを許容することができないという見解からの辞任でした。

この辞任は、意外なことでしたので、それなりに反響を呼ぶ出来事となりました。

この教授のことを詳しく詮索はしませんが、少なくとも、政府の方針に同意できないという根拠には、みずから専門家としての良心に従ったわけですから、その意味では、この辞任は意味があったといわざるをえません。

さて、この問題において問われたことは、放射能汚染の影響を受けやすい子どもたちに対して、どの程度の放射能被曝が許されるのかということでした。

そこで、この上限の数値を、どう考えるかが重要になりますので、これを調べてみると、放射線技師や放射線実験者の年間許容限度は、5年間の合計が100mmシーベルトだというではありませんか。

これを1年に直しますと20mmシーベルトになりますから、上記の数値は、子どもと大人の専門家とを同一とみなしたことになります。

これでは、さすがの教授も、許されるべきことではない、これを許すと研究者としての命はなくなってしまうと思ったのは当然のことといえます。

それにしても、大人と子どもとでは、厳しい区別がいくつもなされている現代社会ですが、この肝心の子どもの「いのち」に関わる問題で、それが大人と同じであるということは、どういうことなのでしょうか。

私は、このK教授の方の判断が「まとも」であると考えます。そして、大人と子どもを同列視するような「判断」には、今後、国内外から多くの疑問と批判が寄せられるのではないかと推測しています。

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