それは、生後2週間しか立っていない赤ん坊になされた行為でした。

赤ん坊の目をしっかり見ながら語りかけ、歌を聞かせたのです。美しい、張りのある声で、語りかけるように唄ったのでした。

そしたら、その赤ん坊が、じっと目を動かさずに聞き入っていたのです。これには、そばで歌を聞いていたお母さんも驚きました。

泣きそうになっている状態、気持ちがよくなくせわしく動く状態、眠くなってあくびが出る状態、いずれの場合にも、歌が始まると、すぐにじっと歌を聞き始めるのです。瞬きもせず、口もしっかり結んで集中して歌を聞いているのです。

このような対応ですから、唄う方も、すっかり気分がよくなって唄い続けますので、その聞き手も、じっと聞き続ける光景が延々と繰り広げられるのでした。

この話を聞き、そして直に、それを観察することによって、私は、歌が言語以上の何かすばらしい力を持っていることを知りました。

それから、赤ん坊側は、それを音の振動としてここちよさとして認知したのでしょうか、それを通じて、しきりに脳が何か反応しているようでした。

この歌と語りの刺激は約1週間連続で与え続けられました。その結果、赤ん坊の反応は、日に日に強く発揮されるようになり、ますます歌を聞き入るようになりました。

それから、これも驚きでしたが、同じ歌でも、好きな歌と、そうではない歌があることが明らかになっていったのです。

すなわち、好きな歌だといつまでも聞き入るのに対し、そうでない場合は、すぐに聞き入ることを止めてしまうのです。

因みに、この赤ん坊が最も好きな曲は「森の児山羊」でした。

めえー、めえー、森の児山羊、森の児山羊

児山羊走れば小石にあたる

あたりゃ、あんよが、あーいたい

そこで児山羊が、めえーとなく

なぜ、この歌に反応するのか、その理由はよくわかりません。ほかに、「エーデルワイス」や「この道」も好きな歌のようでした。

生まれたての赤ん坊には、言語能力がありませんので、これらの歌には何か共通の刺激成分があるのかもしれません。しかし、これについても、その理由はよくわかりません。

まことにふしぎな現象といえます。

緑子が歌を好む、それを理解した母親は、それ以後、毎日のように、音楽を聞かせ、自らも唄って語りかけることを続けました。

それは、その緑子が、ますますしっかりと反応したからでした(つづく)。

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