連日、テレビ報道によって、今回の地震、大津波、そして原発危機の様子が詳しく報じられています。また、その辛苦のなかで、被災者のみなさまが辛抱しながら健気にも生き抜いている姿が感動を呼び、多くの国民に希望を与えています。
しかし、一方で「何もすることができない」、「ただじっと復興を待つしかない」、このように思われている方々も少なくなく、それがますます暗い気持ちを助長しています。
こんななか、私も何かお役に立つことができないか、専門家として復興支援に貢献できないか、このことを真剣に考えていました。
そんなとき、あるところから、その復興支援に関する補助金の公募がありました。この案内を拝見した瞬間、これだと思いました。
「そうだ、これに応募するのがよいのかもしれない!」
こう思いながら、次に考えたことは、「何を応募すればよいのか」ということでした。
「何かできるはずだ!」、こう思いながらも、すぐには、良いアイデアが浮かんできませんでした。
そこで、テレビ、新聞などを見ながら、何が必要なのか、何ができるのかを探索することにしました。
まず、できるとしたら何ができるのか、それを並べることから始めました。
①植物工場、仙台イチゴが壊滅状態になったらしい。
②海では、カキやホタテの筏のほとんどが流れてしまったようだ。船も流された。
③港では、施設が壊滅し、水産加工工場が破壊されている。漁協の家屋もやられたらしい。
④土地に海水が浸入してきて、農地として使用できなくなっている。
⑤中小企業の工場が破壊されている。
⑥住むところもなく、大勢の方々が避難所暮らしをしている。電気、水道、ガスも来ていない。
⑦食べるものもいきわたらない、義捐金も配られていない。
など、など、これでは、それこそ絶望の淵をさまよっていることでしかない。
このような状況に、どのように学問の力を活かして立ち向かうのか、これを勘が続けると、頭が痛くなるほどでした。
しかし、学問の成果は、このように圧倒的多数のみなさんの困難を解決するためにあるはずだ、真剣に「もっと考えろ! むずかしいことをやさしく、もっとふかく考えろ!」、このような声がどこからかしきりに聞こえてきました。
もしかしたら、今は亡きあの文化系の方の声だったかもしれません。
「どうしようか?」、こう思いながら、マイクロバブル風呂に入っていたときでした。
「そうか、この手があったか!」
「そうだよね、これが一番よい、これしかない」
このようなアイデアが浮かんできました。さすが、マイクロバブル風呂です。
そこで、アルキメデスではありませんが、すぐに風呂から出て、一気に申請書を書き上げることができました。
しかし、その申請を済ませた後に、少し弱気が押し寄せてきました。
「これは大変な競争になるはずだ!採択はなかなか難しいだろうな」
こう思いながら、その日を待つことにしました。まるで宝くじが当たるかどうか、それを待つ心境でした(つづく)。
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