広島カキ養殖、北海道ホタテ養殖に続いて、2001年から三重の真珠養殖改善にも取り組むようになりました。

この場合は、より深刻で、2000年には、国産真珠貝の大量斃死現象(ほぼ100%に近い)が起こっていました。

これは、「赤変病」と呼ばれる、貝柱が赤くなる病気を伴う現象であり、その防止が重要な課題となっていました。

この舞台となった英虞湾の平均水深は約10m、アコヤガイの筏を下げる位置は水表面から3mまでした。

しかし、この筏の範囲は、80m四方と広く、ここにいかに有効にマイクロバブルを供給するか、この点を考慮して装置を設計することが第1の問題点でした。

その第2は、ほとんどの真珠養殖業者が海岸沿いに自分の工場を持ち、そこでの作業を行うときのことでした。

卵抜き(アコヤガイの卵巣内の卵を吐き出させる)、挿核(卵抜き後に、核の珠をアコヤガイの卵巣に入れる作業)、から養生(挿核後に、貝を静かに海中で養生させ、真珠層の巻きを促す作業)までの作業を行いますので、ここにもマイクロバブルを与える問題がありました。

前者においては、より大きな装置が必要であり、後者においては、小型の装置が必要でした。

そこで、このときに考案したのが、M2ーM型装置を4連結させて、船に備え付けの洗浄用ポンプに接続させるシステムでした。

そのときまでには、発電機を丸ごと船に搭載させる方式でしたので、ここで重要な変化が起こりました。

これは、ある浜に視察に行った時に、若い漁師から、この船に付属のポンプを利用できないかと相談されたことがきっかけでした。

圧力が大きくて、流量もかなりあるポンプが、アコヤ貝の洗浄用としてすでに備え付けられていましたので、それを利用できないかという提案であり、「これはよいものがあった」とすぐに、その採用を決めました。

この4連結の装置の威力はすばらしいものでした。この装置を船に搭載し、広いアコヤガイの筏の中を順繰りに動きながらマイクロバブルを発生させていきました。

これだと、筏がいくら広くても大丈夫で、マイクロバブルを与えては移動し、さらにマイクロバブルを与えるという作業を繰り返すことで、広い筏内のアコヤガイの成長を促すことができました。

すなわち、この移動方式で海の広さの問題を解決できたのでした。

また、このマイクロバブルが発生している様子を水中撮影して見事な映像を撮ったのが、当時NHKの有名カメラマンであったKさんでした。

このKさんとは、この時がきっかけとなり、大変親しい仲となりました。今では、彼にとってマイクロバブルはなくてはならないものとなり、実際に彼の窮地を何度も救ったのがマイクロバブルでした。

これらの様子は、ほんの一部ですが、このブログでも紹介させていただきました(K1さん)。

水中ポンプと一体になった小型の2機装置も、卵抜き、挿核、養生に活躍しました。それらの3過程において、マイクロバブルの適用が功を奏したのです。

これは、それまでの真珠養殖の常識を根本から覆す画期的な試みとなりました(つづく)。

 

大成京子CD『虹のかなたへ』より「 釜山港へ帰れ」


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