「武蔵と小次郎が二度目の対決を止めて和解する、これは、じつに深いストーリーの展開となりました。

一度、争いのことを考えなくなると、ふしぎなもので、どんどん人格までもが変わっていくのです。

このアイデアを思いつき、私としては、ゆかいな結末を迎えることができて、久しぶりによい作品ができたと思っていました」

「互いに敵同士であった武蔵と小次郎の仲が、それこそ氷が溶けるように壊れ、流れ出していくのですから、これは思いもしなかったと思うやいなや、あれやこれやと新しい関係を築いていくのです。人間とはふしぎな生き物ですね」

「そうですよ。どんなにいがみ合った仲でも、考え方しだいで変わっていけるのですから、ふしぎなものですね。丁度、この武蔵と小次郎の話を書いた後に、あの巨大地震と大津波、そして原発事故が起こりました。

今思うと、この大災害が武蔵と小次郎の時代に起きて、かれらのその後の生き方にどのような影響を与えたのか、これをじっくり考え、あれこれと思い浮かべてみると、なんだか、その続きも書いてみたくなるほどでした」

「やはり、あなたは文化系ですね。何でもすぐに自分のシナリオのなかに入れてしまいます。そうであれば、当然のことながら、あの原発事故も、いまだに何ら根本的な解決がなされていませんが、何か考えられているのではないですか?」

「さすが、あなたも鋭いですね。その事故は、日本だけでなく、世界中に大変な影響を与えました。

事故直後から、スイス、ドイツ、イタリアが『脱原発』を掲げ、あの何かと話題の多かったイタリアの大統領は、『今日から原発にさようならいう』という名言を残しました。

あれから、世界中が徐々に変わり始め、新しいエネルギーの開発が始まりました。いまや、その余勢で、原発に固執する国はわずかになりましたね。

やはり、未熟、未完成の技術だった原発と、続々と確立されてきた新エネルギーとの明確な相違点、分水嶺が生まれたのが、あの事故だったのだと思います。

その意味で、石油にも原発にも頼らない、それこそ新しいエネルギー開発への旅立ちを行った、その世界史的転換が起きたのが、あの事故だったわけですよ」

「それで、文化系のシナリオは、どうなったのですか?」

「いやぁ、そうでしたね。忘れていました。私としては、『兄と暮らせば』が原点ですから、これをどうしても描きたいと思っていました。それこそ、私のライフワークになった作品だと思っていましたが、そうとはいえなくなりました。

そのヒロシマに続く話が、フクシマでした。そこには、私の娘の孫がいて、『孫と暮らせば』が、文字通りの現実の話になりました。これが、あの3.11の翌日から始まり、いまだに続いているのです。

これは、私の命がある限り、それを見届け、描き続けていかねばならないことではないかと思っています。それに、その緑子の孫がじつにかわいいのですよ」

「そうですか。ところで、いつの間にか、武蔵と小次郎の話がどこかに飛んで行ったようですが?」

「そうでした。ついつい、飛びやすくなりますので・・・・。それから、その後の武蔵と小次郎の話では、もう一つ心残りがあるのですよ。これは今まで誰にもいったことがないのですが・・・」

「えっ! それは何ですか?」

「あの小さな泡のことですよ。この泡のお風呂に武蔵と小次郎を入れたらどうなるか、それを考え始めたら、それこそ、ぜひとも、何としても入れたいと思うようになりました」

「いったい、どうなるのですかね!」

「ふと、あるひなびた温泉に、武蔵と小次郎が、それぞれ別々に立ち寄る。ここから話が始まります。

武蔵は、小次郎が生きていることをしらない。小次郎も、武蔵が、その後どのような生き方をしているかを知らない。風の噂では、どこか放浪の旅に出たままで、信州あたりを彷徨しているようだ。

こんな具合ですよ!」

「それって、あの大作の書き直しをするということではないですか?」

「そんな大げさなものではありませんが、ちょっと考え直してみただけですよ。ピカソの絵とおなじですよ!」

「どこが同じなのですか?」

「ピカソは1枚の絵を描くのに、何回も描いては消し、描いては塗りつぶすを繰り返すのです。とにかく、気に入り納得するまで書き直すのです。

私のシナリオづくりもそれと同じです。いつでも塗り替えられるのです。一度できあがった作品を書き変える、これに躊躇するようになったら、それで私も終わり、ピカソにはなれなかったということになります」

「大変なことを仰られているようですが・・・・」

「そうかもしれません。文化系ですから・・・・」(つづく)

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