Mさんの運転で、仙台から一関へ、そして気仙沼へと向かいました。この気仙沼も気仙沼港を中心に壊滅的打撃を受け、その復興のシンボルとして昨日の報道ではカツオの水揚げが報道されていました。

このカツオは、黒潮に乗って北上してきたカツオを追ってきた宮崎の漁船団によって運ばれていました。

新鮮なカツオは、マグロ以上に高級な味がし、歯ごたえがあります。さぞかし、気仙沼の方々は、このカツオをさぞかしうれしく賞味されたことでしょう。

車は、この気仙沼の山間部を通過し、陸前高田市に向かいました。途中、海岸線を通るようになり、その度に目を奪われるようになりました。

そこには、大津波によっていとも簡単に海岸部の家屋や構造物をえぐって持ち去った後があったからでした。

「こんなに、何もかも持っていってしまったのか」

こう思いながら、今度は、川から海に向かう平野部に入ると、ここでも、その平野部には何もなく、車が川の上流にむかっても、それは同じで、何もかもがなくなっていました。

「こんな光景は見たことがない。あるのは石と土、そして山手には倒れた木々のみでした」

ただ呆然っと車窓の景色を眺め、そのとてつもない、そして信じられないことが起きた爪痕から、それが起きた事実をそのまま受け入れるしかありませんでした。

自然の脅威とはいえ、その悪魔のような爪痕がしっかりと残っていました。

車は、陸前高田市街地に入る手前前まできて、津波による気仙川の橋が流れ、通行止めになっていました。

そこで、気仙川の上流へと向かうう回路を辿ることにしました。

大津波は、この気仙川を遡上し、海岸線から8kmにわたって周囲の家屋や構造物、そして自然をも破壊尽くしたとのことでした。

そして私たちが目のあたりにしたのが、石と砂、そして瓦礫の一部が堆積されたままの姿であり、通常の川の環境はなくなっていました。

このう回路を戻り、途中で水上山山麓を左折して、大船渡に向かうバイパス(45号線)に出ることにしました。そのため、陸前高田市の市街地だった場所は遠くに見えるだけで、大船渡に向かう道を急ぐことにしました。

この道すがら、先ほどまで見え隠れしていた大津波の爪痕、すなわち悪魔の爪痕がちらりと見えていたことを思い出し、その本体はどのようなものなのか、それをしきりに想像していました。

バイパスのトネンルをを抜けると、すぐに大船渡湾が展望できるようになり、予定通り、Mさんのおかげで、昼前に目的地である大船渡に無事到着することができました。

遠くから見れば、あのきれいで穏やかな海が、一瞬にして大津波と化し、次々に人々の命と生活、産業、そして環境を奪い、破壊し、変貌させていったのであり、これから、その現実に立ち向かうことを覚悟しました。

梅雨の合間のよく晴れた太陽が燦々と輝いていた大船渡湾でした(つづく)。

大船渡湾1
大船渡湾の東側から西側を遠望、遠くの対岸の市街地のほとんどが壊滅的破壊を受けた。手前は、この島々のおかげで、比較的被害が少なかった。