科学技術振興機構の岩手サテライトが主催する被災地見学会に参加しました。朝8時半にJR岩手駅前に集合し、大型バスに乗り込みました。参加者は当初の予定人数を大きく上回り、バスも大型バスに変更されていました。

そこで、早速、バスに乗り込んだところ、地元の高専のS先生がおられ、その横に座ることにしました。S先生には、今回の東日本大震災支援プログラムにご協力くださり、大変心強く思っていました。

このバスの中での、それこそ始終くまなしの話し合いで、それこそお互いに一気に心の奥底まで打ち解けて話をすることができました。

バスは、予定時刻に盛岡を出て、一路南下し、最初の訪問地の陸前高田市に到着しました。約1ヵ月前にも、このルートを通ってきましたので記憶に残っている風景がありました。

最初の訪問地は、気仙川河口から約8km上流の県農業研究センターのある農園地でした。ここで説明を受け、当時の津波の遡上の様子を聞かせていただきました。

この説明によれば、まず、イチゴ水耕栽培の大きな農園が破壊され、再建のために小さな栽培施設をつくって頑張っていることが報告されました。

また、キュウリと米、トマトなどの試験栽培が、大津波時に冠水を受けた土地で、その電気伝導度が2カ月ぶりに基準値の0,6以下になったので実施されたとの報告がありました。

その現場を見学し、大津波が遡上してきた様子も説明していただきました。こんなところまで、津波がやってきて、その影響を与えてきたのかと、その規模の大きさを認識しました。

このセンターの試験地の見学を終え、陸前高田市の市街に入っていきました。市街といっても、津波で何もかも流されていますので、なにもない市街地でした。遠くに、たっと1本だけ残った「一本松」がよく見えていました。

1ヶ月前には、この気仙川の橋が通過できず、大きく迂回していたのですが、この橋の通過が可能になりました。

いつみても、この壮絶な光景には驚かされます。本日は、時間帯のせいでしょうか、比較的陸地が見えていて、改めて、その被災の様子をリアルに見ることができました。

また、陸前高田市駒崎町にある岩手県農業研究センターを訪問し、ここも1回部分がすべて破壊されていて、その様子を視察しました。これらの建物の1階には何もなく、天井から電気コード類が無残に垂れ下がっていました。

「この陸前高田市をなんとかする方法はないのか?」

再び、この課題を強く意識した見学となりました(つづく)。