東日本大震災の被災地から帰るとすぐに,むずかしいことをやさしく理解できるように,そしてわかりやすく書けるようにする,この課題に真正面から取り組むことになりました.

しかも,この課題を科学的考察において達成し,その洗練性を向上させようとする試みですから,これは単純な話ではありません.

また,返事がよく,物事に素直な対応ができる能力を持っている方ですが,その彼の本質的な問題は,ここまで現れにくく,その実像が露わにはなっていませんでした.

さて,今回は,この問題が,科学的な論文を書く際に出現してきました.科学的な研究の成果をもとに考察を行い,それを論述するのが科学論文です.

その際,最初に重要になるのが,その目的を明確にすることです.なぜ,その目的を設定するに至ったのかをわかりやすく説明することが重要になります.

そのためには,これまでに何が明らかとなり,何が不明なのかを,執筆者自身がしっかり理解しておく必要があります.

また,それが不足している場合には,それをやさしく,そしてより深く理解することから始めなければなりません.

たとえば,すぐ前の研究の成果を引き継ぐには,その成果をきちんと理解することから始まります.

ところが,これができているようでなかなかできていません.その場合には,もう一度最初から勉強し直すようにいいます.

「どこに成果があって,何が問題であるかがわかりますか?」

こう尋ねると,たいていの場合は,「はぁー」と言いたげな顔をして,最後には「わかりません」という返事がなされます.

「成果は,論文の結論に書かれています.また,問題点は,論文を何度も読まないと理解できません」

この議論から始まり,それをより明確にしていくのです.この過程で,言葉のやり取りでは不足する場合には,それをノートに書くようにいいます.

ここまでは,素直にいうことをきくのですが,その先へと進むことがなかなかできません.

「なぜか,そんなはずはないのに,どうして,できないのであろうか?なにか,できない理由があるはずだ!」

こう思いながらも,その根元の理由が明らかにはなならないので,今一度,どのように理解しているかを詳しく調べてみました.

まず,自分が勉強したことや私が示唆した項目を書いたのは自分のノートにではなく,紙の切れ端でした.

ここで,紙の切れ端だろうと,ノートであろうと,それが理解されて,きちんと文章の内容に具現化されればよいことになります.

自分で勉強したことを理解し,書き留め,そして文章化ができれば,論文が書けることになります.

ところが,これが,結果としての文章が書けないとなると,そこに至るまでの過程で何かの障害が起こっているはずです.

そこで,こう尋ねました.

「このメモを用いて文章を書いたのですか?」

「そうです」

「となると,このメモ書きを見ながら,直接パソコンのキーボードに打ち込んだのですね」

「その通りです」

「メモ書きを見ると,それは十数行も書かれていますね.その部分を,文書の中で探すと,その該当部分は1行しかありませんよ.残りはどこに行ったのですか?」

「ここだけではありませんね,メモ書きした貴重な討論の結果のほとんどが,このように極端に簡単化されていますね.これでは,せっかくの討議が無駄になりますね」

ここまでいうと,さすがに,自分の問題点を少し理解し始めたようでした(つづく).

ゴッホ503