さわやかな気持ちで旅館を出て、車は出雲に向かいました。ここは国の始まりの地として有名であり、三重の伊勢神宮と相並ぶ出雲大社があります。

ここは大学生時代を皮切りにして何度か訪れたことがあり、その時は、正面の鳥居から真っすぐ伸びた松並木の通りを過ぎて参拝殿に向かっていました。

ところが、本日は、向かって左の駐車場から入って行きました。このルートは初めてでしたので新鮮であり、すぐに仮の参拝社殿がありました。

ここから右手の方に、いつもの参拝社殿と本殿、それから宝物殿がありました。

さて、この参拝がいつもと違ってくるのですが、それは、この大社に関係の深いOさんの案内があったからです。なにせ、この氏子会の理事をなさっていたとのことで、その効果は抜群でした。

まず、宝物殿の玄関に案内され、落雁の菓子とお茶が出てきました。それから、参拝者を代表して記帳を行い、そして白い参拝代表者用の上着を羽織ることになりました。

これで特別の参拝者グループとなりました。まず、正面の参拝殿に行き、玉ぐしを捧げて参拝を済ませました。ここは2礼4拍1礼でしたので、これも通常の神社と異なる方式でした。

次に案内されたのが、旧社の跡に出土した大きな柱の場所でした。最大で直径1.3mの柱が同時に3本束ねられて立てられ、それが何か所もあり、ここに相当大きな建物が建造されていたことが想像できます。

たしか、どこかの建設会社が想像して、この社を再現したの記事が新聞の一面に形成されていましたが、その威風堂々とした姿には吃驚した記憶があります。

この社が、そのままあったかどうかは別にして、かつての本殿の高さは48mもあったそうですから、この本殿がいかに巨大な建築物であったことが想像できます。

そのことが今回の見学でよくわかりました。この巨大な建築物を通じて、いかに、その力が絶大であったかも理解することができました。

昔は、このあたりは海であり、この大社の前のみが陸地としてつながっていたようです。この大社は、手前の陸地から通じる海を挟んでの狭い陸地の奥に位置していたそうで、ここには、陸地からも海からも到着できて参拝することができたようです。

とくに、海路においては、過ぎ近くまで船で人や物資を運ぶことができるので、非常に便利な場所にあり、この大社が建造された理由もうなずけます(参拝の際にいただいた「出雲大社由緒略記」参照)。

後ろは山に囲まれ、そして、その背後には海があり、前にもせまい陸地を挟んで海があるというめったにない適地に、この大社が建てられていて、それは交易にも、敵と戦うにも、そして参拝者の信奉を仰ぐにも非常によい場所だったといえます。

長い間、なぜこの地に、この大社が建てられたのかについて疑問を持っていましたが、それが今回の参拝で解消されました。

さて、現在は、60年ぶりの改修工事がなされていて、大国主大神をはじめとする神様は、本殿の前にある仮殿に移動されていました。ですから、先ほど、この仮殿の前で参拝を済ませたわけです。

このことは、本殿には、それらの神様がいないことになり、その状態でしか改修工事ができないとのことでした。

この大柱の見学をしてから、いよいよ本殿の前の門をくぐりぬけました。現在は、本殿はすっぽり回収の建物に覆われた状態にあります。

この門をくぐってから、千家という宮司の案内人の方に、出雲大社のことを詳しく説明していただきました。

今日の回収は60年ぶりであること、それに対して伊勢神宮は20年ごとの立て直しであること、それから、改修費が約80億円であることなど、いろいろな情報を披露していただき、出雲大社のことを少し詳しく聞くことができました。

この一連の説明を受け、いよいよ本殿を覆っている建物のなかに足を踏み入れました。通常であれば、皇室しか入れない場所ですから、少し緊張気味に足を進めました。

まず、そのぴんと張り詰めた空気となにかしらの香ばしい匂いがしてきました。目の前には、本殿に通じる大きな階段が見えます。

「この雰囲気と匂いは何であろうか?」(つづく)

Daikoku-1