秋も深まってきました。久しぶりにゆっくりしている朝です。

日曜日には、朝から玉造温泉の旅館を出て、出雲へ、それから宍道湖とその周辺の水域を視察し、午後から大田、浜田を通って夕方には帰りつきました。

お土産は、特産の「いちじく」と「出雲そば」にしました。

今回は、講演と湖視察、それに出雲大社の特別参拝も加わり、なかなか中身の濃い旅となり、今なお、それらの余韻が漂ったままのようです。

後で振り返ってみますと、人生においては区切りといますか、峠のように上がり下りがある頂点があるようで、この余韻は、その「区切り」や「峠」と結びつく可能性を含んでいるのではないかと思い始めています。

その思いが的中するかどうか、それは、これからの事態の進行によって決まることでもあるのですが、物事を変革しようとする対象物が大きくて社会的であればあるほど、そこに貫かれる法則性が問題となります。

単なる思いつきや場当たり的実践、さらには、都合のよいすり寄りなどでは決して見いだせない、そしてなかなか解決できないのであり、それらとはまったく次元の異なる「確固とした法則性の適用」が重要になるのです。しかも、それは机上の空論では歯が立たず、実践的に社会的に試されたものでなければなりません。

現実の社会を動かすとは、それだけ大そうなことなのです。

しかも、その社会の表層ではなく、その根本から変えようとするのであれば、ますます、その基盤を構成している物質や生活、そして産業に目を向ける必要があるように思われます。

その基盤物質とは、空気や水、そして土のことです。生活や産業を担うのは人であり、経済です。空気や水を基盤に、生活や産業を立て直す、これが基本中の基本といえるのではないでしょうか。

この基盤物質は、生物や環境にやさしい、いわゆる「生物適応物質」といわれるものです。

言い換えれば、生物に適応する物質をよりどころにして生活と産業を蘇生させる、このことが基本的に求められおり、それこそ今世紀における最も重要な課題のひとつと考えることができます。

幸いにも、そしてゆかいにも、マイクロバブルは、それにふさわしい物質であり、頼もしい生活再建、産業創成が可能な技術なのです。

そう考えるとおもしろくて、ゆかいになりますね。

早朝散歩にしては、少々壮大すぎる話になってしまいましたが、たまには、このような思いに耽ることも悪くはなさそうです。

今日も快晴、天高い秋になりそうです(つづく)。

秋空-1-1

本日、11日は、種田山頭火の命日だそうです。K2さんからの貴重な情報提供がありました。記して謝意を表します。

「分け入っても 分け入っても 青い山」 種田山頭火

「分け入っても 分け入っても マイクロバブル」 マイクロバブル博士