生後7カ月から8カ月にかけて、しらたまちゃんに「重要な変化」が起こりました。

それは、寝返りをしながら移動し、何かを持って立ち上がるという行動パターンから、はいはいをして移動し、何かを持って立ち上がるというパターンに完全に移行したことでした。

これで、目的物にすぐに接近するとともに、立つやら、掴むやらの行動が簡単にできるようになりました。

行動半径の拡大、行動速度の短縮において格段の飛躍がもたらされるようになったのでした。

それから、このしらたまちゃんは、通常のおもちゃをあまり好みません。最初の物珍しさを過ぎると、すぐに投げてしまいます。ドラえもんのビニール人形も、その類のひとつでした。

ドラえもんの音楽は好んでも、それを人形として認識するには、まだ脳の発達が成就されていないのだと思います。

このおもちゃの代わりに、椅子やカーテン、オーディオ、それからスイッチオンのパソコンや携帯電話などが大好物なのです。

あまりにパソコン好きなので、母親が壊れたパソコンをあてがうと、それには最初に珍しいそうにさわったことがあっただけで、その後は見向きもしませんでした。

自らが立って遊べるもの、複雑なもの、電気が来ているもの、これらが好きで、それを探して這っては周り、そして掴みかかり、立ち上がろうとするのです。

後者の場合、食卓椅子が最高の遊び道具で、体重の重みで動きますから、それをどこまでも追いかけていくのです。

家の中も、西に東に動きまわり、ちょっと油断するとすぐに見えなくなります。

それから、先日も、しらたま母が風呂の用意をしようと、しらたまちゃんの後ろで立ちあがって風呂に行こうとしたときでした。

とっさに、しらたまちゃんは、母親のスカートの端を掴んだので、そのままどてっと、こけてしまいました。

床で頭を打ち、驚いてしばらく泣きやみませんでしたが、そのスカートを掴む素早さには吃驚しました。

それから、自分で何かを持って立つときは、少し歩幅が広くなります。これも、身体が覚えた知恵なのでしょうね。その方が立つのに安定するからです。

こうして毎日、持っては立ち、座っては立つことを繰り返すのですから、その体力たるやすばらしいものがあります。

なにせ、足を大きく広げたままスクワップ状態で立ちあがるのですから、これは尋常の体力ではありません。

このように、限られた場所から、動に移行したしらたまちゃん、この行動範囲の拡大に比例して、表情がより豊かになり、目が合うと、すぐに、にやっと笑顔を示すようになりました。

スカイプ上のテレビ電話を通しても、「いないいない、ばぁー」というと、この「ばぁー」のところで必ずパソコン画面の方を振り向くのです。

「百発百中やね!」

と、しらたま母が驚くほどでしたから、こちらも、驚きながら喜んでしまいました。

こうして、このしらたまちゃんのことを考えてみますと、ドラえもんが未来の「猫型ロボット」であったように、この彼は、未来の「しらたま人間」ではないかと思うようになりました。

もちろん、私たちが子供のころには考えられないことで、そして私の子供たちの頃とも小さくない相異が生まれているのです。

ですから、未来型の「ヒトの形成」がなされるのですね。この未来の子供たちの世界を素晴らしいものにしていかねばなりません。

現代は、「二人に一人が癌にかかり、三人に一人が癌で死ぬ時代です。そして、食糧や水、資源を奪い合って戦争を起こす時代です。さらに、大災害で、命と生活、産業が根こそぎ奪われていく時代」なのです。

これを踏まえますと、このしらたまちゃんが育つ世界には、多くの困難が待ち構えていることに間違いはありません。

そのために、困難にたくましく立ち向かい、それを難なく克服していくことが求められている時代なのです。

それには、ドラえもんのように、「未来の知恵」を育てる必要があります。困難の本質を鋭く理解する着艦とそれを乗り越える高度な知恵の開発が何よりも必要であるように思われます。

そのためには、しらたまちゃんのように、これぞと思ったら、何度もそれに掴みかかり、最後には口の中に入れて確かめる、このように執拗な挑戦の積み重ねによる修練が必要であるといえるのではないでしょうか。

この小さなしらたまちゃんを見ながら、未来のことを少し考えてみました(つづく)。

Yosi-224