出雲大社本殿の大屋根に設置する「勝男木」と「千木」の修繕を視察し、階下に向かいました。

その途中で、これまためったに見ることができない絵画がありました。それは、本殿の参門の前にある社の一部の板でした。

その板の裏側に、当時の職人の絵が密かに書かれていたのが今回の改修で発見されたのでした。

それを眺めると、ふくよかな大国主命と白ウサギがみごとに描かれていました。この改修は江戸時代にさかのぼるのだそうですから、300年か400年ぶりに、そして初めて、この「いたずら書き」が見つかったことになります。

私が感心したのは、その絵のうまさであり、当時の大工さんが非常に多才であったことを窺わせる数枚の絵画だと思いました。

この柔和で優しそうな大国主命に対して、因幡の白ウサギは細い切れ目の動物らしい顔をしていました。

やはり、因幡の白ウサギの逸話を考慮して描いたことが想像できます。

これで、この見学はますます楽しくなり、そこからまた階段を下りて、最初の1階部分に降りてきました。

ここには、本殿に上る階段の一段と二段の部分が置かれていました。一辺が30cm四方で長さは10m以上あったと思いますが、これが松の1本もので作られていて、その改修がなされるとのことでした。

こうして目の前で見ますと、その木材の大きさに驚き、同時に、その1本物の確保の難しさを思い浮かべたしだいでした。

こうして幸いにも、特別の参拝をさせていただき、大変勉強になりました。

出雲大社は、当時の先進国であった中国、朝鮮半島に近いところにあり、この社の建築にも、それらの渡来人の建築技術が影響して建設されたことが容易に想像されます。

また、その社の建設場所が、海のすぐそばで、海路を通じて材木や建設物資を運ぶことを可能にしたことも注目すべき点だと思いました。

さらに、この社の位置は、後ろに山があり、前には海と陸があり、天然の要塞としての条件をそろえています。

しかも、高さ48mもある高床式本殿が聳え立って、そこに参拝する階段が連なっていたようで、この様は、当時の権力の強大さと影響力を示すに十分であったと思われます。

そして、それを支えてきた建築技術にも素晴らしいものがあります。

厚さ90cmにもなる大屋根の桧皮を重ね、成形していく技術、1mを超える檜の柱、いまだに松やにを出して生きている松の梁、空にそびえる勝男木と千木の銅板貼り技術、いずれも、100年、1000年と受け継がれてきたものであり、それらが卓抜していたからこそ、このように生き抜いて来れたのだと思いました。

この参拝を終えて、特別の「はからい」をしてくださったOさんから、車の中で次のように声をかけられました。

「先生は、運のいい方ですね。私も、これまで何度か、参拝をさせていただいたことがあるのですが、今日のように、本殿に近づかせていただくことはできませんでした。それから、大屋根の上の部分までは登らせていただくことはなく、あそこまで登ってのは今日が初めてでした」

「そうですか、それはよかったですね。運の『ツキ』がよかった、ということですね!」

「そうですよ、先生はツイていますよ。これからは出雲の『神様』が応援してくださいますよ!今日は、大工さんたちが休日で仕事をしていなかったから、あの上まで登れたのです。先生は、ツイていましたね」

こう、なんどもいわれたので、徐々にその気になってしまうのが不思議なもので、ついつい私もこう返事をさせていただきました。

「なんだか、これからは出雲の神様が応援してくださることになりそうで、それは心強いことですね!」

こういうと、Oさんは、ますます声を大きくして、「そうですよ、出雲の神様ですから、絶対大丈夫です!」と、何度も仰られていました。

「運がツキを呼び、そのツキが運を生む」

前日は、島根での講演において手ごたえを感じていただけに(主催者の県関係の方の話では、これまでで、この種の講演会においては一番参加者が多く、盛り上がった講演であったそうです)、その島根で、これから「ツキを呼ぶ」ことができるとよいなと思いました(つづく)。