「鋭く、大きな直感」、これが鍛錬できるようになると、次の発明(invention)、革新(innovation)へと向かうことができます。こうなると、いままでとは異なる未知の世界に旅立つことができます。

ある時は、この直観と発明は、かなり接近していますので、ここまでは、難しいくないこともあります。

しかし、その次の段階は、実際の社会の現実そのものを相手にしますので、そう簡単なことではなくなります。それでも、この段階に来ると、それらを実際に変革していく楽しさが加わりますので、その様は、壮大なドラマを演じることと同じようなことになります。

そうなると、新原先生がご指摘のように、直観がとても大事になります。

●鈍い直観ではなく、鋭い直観

●小さい直観ではなく、大きな直感

これが重要になります。この場合、鋭いということは、その事の本質に迫る、あるいは到達すると解釈できます。

たとえば、『日本沈没』の場合ですと、ほとんどの学者が、日本沈没などありえないと考えていたのに、田所博士だけは、その可能性を追求し、「それが起こることは間違いない」という認識に到達することができました。

これには、鈍い学者と鋭い学者の対比がみごとになされています。

また、この大小の問題には、時空間や社会といったスケールが関係します。物事は、小さく区切れば区切るほど、わかりやすくなっていきます。それは、それを考える条件が少なくなってくるからです。

逆に、条件が増えると、複雑になり、ときには途方もない広がりをもつこと、さらには考えてもいなかったことに出会うこともあります。

このときこそ、その大きなスケールを有する時空間を切り裂く「鋭さ」が必要になるのです。

宇宙という広大な空間のなかで、みごとにミッションを果たした「はやぶさ」においても、この「鋭く、大きな直感」が十分に発揮されました。

これは近く映画になるそうですが、その広告を日経新聞上で見つけることができました。

ここには、「最後まであきらめない、日本の技術力と人間力が世界を変える」というフレーズが示されていました。この概念は、粘って、鋭い、大きな直観を働かす、という新原理論と相通じるものがあります。

そして、同じ問題が、今回の震災復興においても問われています。何もかも破壊され、流されたなか、多くのみなさまが窮地に陥っています。

ここに田所博士がいたなら、その大震災を予知し、多くの人命や産業を救ったはずです。

しかし、田所博士を信用したのは「山本総理」であり、あのような総理がいたから、それもできたのです。

ここはだいぶ事情が違うようですが、現実ですから致し方ありません。それよりも、鋭く、大きな直感力で、すなわち「科学の力」で、その現実に立ち向かい、乗り越えていくしかないのです(つづく)。

MR900444265