生々しい3.11の災禍が次々と放送されるにしたがって、何が起きたか、何が起きているかをよく知ることができました。

想像を絶する光景を前にして呆然とするばかりですが、さぞかし、その被害を直接受けられたみなさまの惨状と心情には大変ものがあったであろうと思いました。

改めて、この場を借りて深くお見舞い申し上げます。また、この山積する困難に屈することなく生き抜いていただきたいと思います。

すでに、今年の正月のNHK番組で、これから世界は困難が山積する社会に突入し、それを解決することが重要な課題になっている、世界的大企業であるIBMのビジネスの約8割が、それを解決する業務となっていることが紹介されていました。

「そうか、これからは困難な時代が始まり、その解決がビジネスになるのか!求められているのは、困難解決型の技術であり、技術者なのだ!」

このように納得したわけですが、その後の世界は、この予測の通りになりました。

世界各国で戦争や飢饉、食糧問題が発生し、地震や津波も起こりました。

まるで、21世紀は、世界中が困難だらけで、その解決なしには生きて行けない世紀へと移行し始めていたのです。

そこで、この困難を解決するための有効な手段の開発が求められるようになりました。ここに、鋭く、大きな直観と、それに基づく発明が必要になってきたのです。

振り返りますと、マイクロバブルが最初に直面した困難は、広島江田島湾におけるカキの大量斃死問題でした。

その後、北海道噴火湾におけるホタテの大量斃死、三重県英虞湾におけるアコヤガイの大量斃死、有明海のタイラギ死滅問題など、それこそ「待ったなし」の状態で、その死滅を防ぐことが求められ、その可否が試されたのでした。

これらは困難そのものであり、その後も、この困難に対峙しながらマイクロバブル技術は鍛えられ、その解決方法を見出していくことに工夫がなされることになりました。

これが、マイクロバブルの試練の数々だったのです。

そして、その試練の集合としての東日本大震災支援プログラムが開始することになりました。

被災地は、電話もファックスも寸断されて連絡ができず、船も筏も流され、カキもない、これが被災地の現実であり、ここには、それこそ困難が山積みされていたのです。

困難解決型のマイクロバブル技術が、幾重もの困難を前にして、その真価が再び問われることになった、これが正直な思いでした(つづく)。