徳山港・竹田津間の周防灘フェリーが運休中なので、陸路で国東に向かうことにしました。

途中、北九州から大分地方に大雪が降ったようで、だいぶ交通状態が混乱、高速道路にはトラックが長蛇の列をなしていました。

「早めに、家を出たのがよかった!今日は余裕があるので、少々遅れがでても大丈夫だ」

こう思いながら、例によって、直前になってからしかやらない講演の準備を始めました。逆に、こちらの方は、十分に時間が取れそうなので、余裕を感じていました。

小倉東から出る前に約1時間遅れたので、小倉から宇佐市に着くのが昼ごろになりました。こちらは運よく昼食時間になりましたので、宇佐市の鰻屋「志おや」に躊躇なく向かいました。

独特のたれでこんがり焼いた鰻の味は、今回も抜群で、これで元気をかなり取り戻しました。

宇佐からは、高速道路に入って、速水、日出へと向かい、この途中で大分にしては大雪で、この排除に手間がかかって高速道路が停止されていたという事情がよくわかりました。

日出を抜けて国東半島に入ると雪はまったくなくなり、穏やかな海も見えてきました。さすがに、日本の地中海と呼ばれる気候だけあって、より温かく感じました。

しかし、よいことだけではありません。すでに花粉が飛び始めているのでしょうか、敏感な私には、それがよくわかり、目がしょぼしょぼしていました。

国東に着いてからは、まず、向陽台の「屋外にリビングがある家」へ行き、荷物を下ろしました。まだ、完成前の状態でしたが、その様子をじっくり観察することができました。

天井から、壁、床までの内装はほぼ出来上がっていましたので、ここでしばらく完成後の状態を想像しながら楽しい一時を過ごさせていただきました。

「無駄がなく、小じんまりとしているが、やや余裕がある、そしてユニーク、光溢れる空間スペース、さらには木の柱や梁が随所に出ていて木の香りがする家」

といったところが、この時の私の印象でした。とくに、部屋から50㎡もある中庭の眺めは独特であり、この活用法をどうしようかと思いを巡らせていただきました。

また、会社事務所の半分は研修室ですので、ここに、どのように人を集め、学び研修するのかに思いを寄せました。

この小さなスペースですが、吉田松陰先生の松下村塾に因んで、ここを「国東下村塾(くにさきかそんじゅく)」と呼ばせていただき、塾を開こうかという構想を温めています。

その時は、松陰先生のやり方を学んで、素晴らしい塾生たちを実践的に育てていきたいと秘かに思っています。

「屋外にリビングがある家」は、「国東下村塾」にもなる、こう思うと、なんだか、心の中の夢がすこし膨らんだような気がしました。

1時間程度の視察を終え、車で、新聞記者が待っている講演会場に向かいました。ここでは、講演の前に、インタビューを受けることになっていました。

つづく

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手前が、国東下村塾の予定スペース