第5番目の理念は「市民の健康・福祉を重視するまち」です。当然のことながら、市民の健康と福祉を重視し、充実させることが大切です。

そして、これを「元気高齢者が誉生をおくるまち」にしていく必要があります。

この場合、とくに健康と福祉の重要な対象者は、高齢者と子供です。ごく一部の大都市を除く数多くの市町村で、高齢化率が高まり、少子化が進んでいます。

同時に、自治体における医療費負担が増大し、財政を圧迫するという深刻な事態も生まれています。

小規模な自治体においては、この医療費問題も含めて「自立ある経済」の実現を「まちづくり」の中心軸のひとつに掲げて奮闘、あるいは苦闘されており、なにかよい手立てはないのか、これが真剣に模索されています。

となると、これまでとは異なる考え方や発想が特別に必要になります。このヒントを得たのが、森村誠一作『誉生の村』という小説です。

この物語では、ある山の旅館に「余生」を送ろうと偶然集まった高齢者が、それぞれの特技を生かして協力し、頑強な敵と戦うという痛快な話が展開されています。

そして、彼らは、この戦いを通じて、それが余生の戦いではなく、名誉ある生きるための戦いであることを自覚していきます。

彼らには、経験と知識、アイデアがあり、その作戦プランにおいて圧倒的に優れ、それをみごとに実行して敵を撃退していくことにこの小説のおもしろさがあります。

こうして他人同士であった彼らが、この名誉ある戦いを通じて親しくなり、最後の誉生を送るようになることで、この小説は終わります。

高齢者といえども、自らの生きる目標を持ち、それまでの経験と知識を生かすことができれば、そこに生きがいを創造することができるのです。

じつは、高齢者の「余生」を「誉生」に、みごとに変えることができます。

こうなると、高齢化率が増加しrても何も怖くありません。

むしろ、お年寄りは大歓迎で、若者たちも、高齢者がいるからこそ頼りになる、安心して子育ての支援を受けることができるという認識を深めるようになるのではないでしょうか。

そこで、最大の問題は、どうやって「元気高齢者」を大量に造り出すか、にあります。

これについては、すでに長野県阿智村の村営入浴施設「ゆったりーな」での貴重な実績があり、これを学ぶことが重要です。

ここでは、優れた温泉質に加えてマイクロバブルの効果が加わり、何百人という規模で高齢者が元気になっています。

この「ゆったりーな」では、岡庭村長の粋な判断で70歳以上が入浴無料となり、夜の食事を終えたころに、70歳以上の村民の方々が入浴に来られます。

そして、ここで入浴談義が毎日繰り広げられているのです。

私も、ここを訪れたときには、この談義に加わり、多くの方々と親しくなりました。これは、森の石松の金毘羅参りにおける船上での次郎長談義によく似ています。

「いいお湯ですね!」

「そうですね。見かけない顔だけど、どこか遠くから来られた方ですか?」

「はい、遠くから来ました」

「どこから来られたのですか?」

「山口県からです」

「ほう、そんなに遠くからですか」

・・・・・・

つづく

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