「屋外にリビングがある家」に、しらたまちゃんが里帰りしてきました。
語りかけられた言葉をかなり理解できるようになり、自分からも、単語で話せるようになりました。
「アンパンマン」は、「マン」
「ミカン」は、「カン」
「バナナ」は、「ナー」
という具合で、かならず反応して、このような言葉を発するのです。
それから、よく動き、よく食べます。まるでリスのような素早い動きで。すこしもじっとしていません。
そのしらたまちゃんが、14日午後、大分空港に降りてきました。大好物の山梨の「赤飯」をいれたビニール袋を下げて、到着口から歩いて出てきました。
空港に人を出迎えにいったことなど一度もなかった私でしたので、どうしようかと思っていたら、出迎えに行くというので、少しも迷わず空港まで行くことにしました。
そして、その赤飯の袋を受け取るという感動的なシーンに出会うことができました。
これまでは、一度も我が家をもったことがなかったので、しらたまちゃんがきても狭いところばかりで、彼とのもっともよいふれあいの場は炬燵板の上でした。
ところが、今度は新築の家ですから、かなり歩けますし、炬燵もありませんので、ようやく、落ち着いて、しらたまちゃんを迎えることができました。
まず、ほとんど転ばず、歩くことができます。何か思い物を下げて歩くことが好きなようで、なかでも鞄を見つけると、「バン」といいながら、それを追いかけていきます。
そして、その鞄を手にするやいなや、その中身のすべてを取り出そうとするのです。とにかく、紙切れ一枚も残さず、きれいに出してしまえば満足するようで、それを取り出すことに格別の興味を抱くようです。
ですから、この取り出しをしてもらってはいけない鞄の場合は、どこかに隠すようにしなければなりません。
次に、興味を抱いたのはDVDが収納されたケースであり、これを開けてDVDを1枚ずつ外し、それが終わると、また、同じところにはめ込もうとします。
これを延々と、しかも毎日繰り返すのですから、この根気と集中力には凄まじいものがあります。
第3は、財布と名刺入れ、これも中身をすべて出さないと気が済まないようで、これも黙々と繰り返します。
このように何かを取り出す作業に興味を抱き、それを何度も繰り返す姿を見ていると、何か心に響くものを感じてしまいます。
じつは、私たちも、大切な何かが入っている鞄の中身をいつも取り出そうとしているのではないでしょうか。
先ほどは、いくら探しても目当てのものは何もなかった、しかし、そのことを忘れていまえば、次の時には、何かがあるかもしれないと思うことができます。
また、探し方が悪い場合には、肝心なところを探していない場合があります。一度や二度、探して見つからなくても、その次に見つかることもあります。
マイクロバブルの場合には、そのような三度目、四度目になって初めて発見できたという事例が少なくありません。
ですから、しらたまちゃんのように、執念を抱いて鞄の中身を取り出す作業を繰り返すことが必要なのです。
これを「死角」というのだと思います。「マイクロバブルの死角」、これを見出すには、しらたまちゃんのような飽くなき執念をまず持つことが大切なことであるように思われます。
つづく
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