波がない穏やかな周防灘です.竹田津発9時40分発のフェリーに乗り,徳山港に向かっています.

平日の運航のせいでしょうか,船内は閑散としていて海とおなじように静かです.

季節が変わり,桜から菜の花の頃となりました.晴れた日には陽射しも強くなり,昨日は中庭でしばしの日向ぼっこを楽しみました.これも何十年ぶりかの一時でした.

さて,このフェリーに乗ると,少し前の引っ越し作業を思い出します.朝までに及んだ数日間の引っ越し作業が間に合わず,2日延長して,それこそ昼の弁当を買う時間させなく,なんとか乗り込んだのが,このフェリーでした.

それだけに,別れを告げた周防の山々も色鮮やかでした.そして弁当の代わりに食べたカップヌードルがとても美味しかったことを思い出します.

一緒に乗船した家族はすぐに眠りこけていましたが,私は,このとき少しも睡魔が押し寄せて来ず,とてつもない難行の引っ越しをとにかく終えたことで,小さな感慨を覚えていました.

しかし,この作業はいまだ終わってはおらず,本日も,その作業の延長で,前回とは逆の航路を辿っています.

思えば,丁度1年前に,東日本大震災支援プログラムの公募があり,これに採択されてからは,それこそゆっくりする時間がない日々を過ごすことになりました.

また,同じころ,1年後に定年退官をすることを決め,新居をどこにするかの検討も始めました.

その候補の一つが大分県国東市となり,このフェリーに乗って,国東市の候補地を見て回ったことを思い出します.

そして偶然道に迷い込んで見つけたのが今の武蔵町向陽台でした.

じつは,国東市にある大分空港の近くの土地をいろいろと探索していて,その候補地が山の上にあり,そこを見に行こうということになりました.

そこは,国東半島が一望できるほどの高台であり,その最高地点に白い立派な家がありました.雇われ人が庭掃除をしていて,よほど高所得者の家であろう,もしかして有名歌手の家かなと賑やかに話をしながら山を下りました.

その帰路に,道に迷い,偶然出たところが向陽台でした.あんな山の上には住めない,道路に石が落ちて転がっていた,上下水道もないのではと,さんざんいわれた後でしたので,この団地は目を見張りました.

一目見て,ここはとてもよいところだと思いました.住宅がみな新しく,電柱がなく,美しい街並み景観ができあがっていました.

さっそく,この一角にあった土地販売所にいくと歓迎され,説明を受けることができました.土地の一区画が100坪前後と広く,しかも,かなりの低価格になっていたことが魅力でした.

こうして,この土地が最適という判断を抱くようになり,それから何度か,両親の墓参りも兼ねて,この地を訪れることになりました.この時の様子は,その都度,本ブログにも紹介させていただきました.

これが,この間の国東訪問の過程でした.その後,建築士でオープンネット社長の山中さんに建築を依頼し,昨年の秋ごろから家づくりが始まりました.

この間の様子は,「屋外にリビングがある家」として本ブログで詳しく紹介されています.

こうして,東日本大震災支援プログラムおよび家づくりとともに,定年前の1年を過ごすことになり,まことに賑やかで,かつドラマチックな時を過ごしました.

さて,これからは,この航路のように,これまでとは逆で,徳山港は訪問地の入り口になりました.

窓の外は周防灘,それにしても波一つないおだやかな海です.本日は,前の職場での名誉○○の授与式,移転する高価な装置の運送などがあり,帰りはよるになりそうです.

つづく

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静かな周防灘から徳山湾を望む,筆者撮影